小さな怪獣

大きな影とわがまま少女

 まだ日の昇りきっていない、薄暗い山道を安藤と乾は車に乗って走っていた。

「すまんな、せっかくの土日に」

「いいよー、今に始まったことじゃないし。それより、今回はかなり遠い場所での任務なんだね」

「あぁ、ようやく大きな道路が開通して復興作業が開始された場所らしい。孤立地域とまでは行かないまでも、かなりの田舎だ。まだ時間かかるし、眠いなら寝てていいぞ」

「ううん、大丈夫だよ! 私、車移動で景色眺めるの好きだし」

「これが普通のドライブや旅行だったらよかったんだがな」

 運転しながら助手席に座る乾の膝に乗った資料へ意識を向ける。


 今回の任務はとある村の調査である。大厄災により孤立した村であり、人口は数千人。半年ほど前になってようやく道路が整備されて復興作業が開始された場所なのだが。

「復興業者さんが何人も行方不明になってる場所なんだよね?」

 資料を眺めながら乾が問いかける。

「あぁ、すでに十人近くがいなくなってる。全員ってわけじゃないが、特異体だろう存在に襲われて逃げ帰って来た人間もいるらしい」

「その原因が、これ?」

 そうして開かれたページには見晴らしのいい山道から取られた写真が載っており、山の向こう側から何かが頭部だけを出している姿が映っていた。しかし、写真はブレブレで正体は全くわからない。それが人の頭だと言われればそうだし、全く違う別の何かだと言われればそうだと納得してしまうほどに、全容が把握できない。

 ただ、仮に写真の物体が特異体だとして、推測するに体長は50メートルはありそうだった。これを撮影した人間の証言によれば、獣の遠吠えのような声も聞こえたらしい。それを見聞きして、慌てて逃げ帰って来たそうだ。

「その写真は復興作業に行った業者が撮影した物だから正確さに欠けるし、調査員が先行で調べたが実物は発見できなかったらしいから直接的な原因かはわからん。ただ、その後も事件は続いているから、俺たちはそいつの正体を突き止めて、なおかつ行方不明者の捜索。そして、特異体の存在を確認した場合は撃退しろとのお達しだ」

「でもこれって怪獣だよね? 私じゃどうしようもなさそうなんだけど」

 怪獣、というのは大厄災後に現れた巨大生物に対する名称だ。大雑把に十メートル以上の特異体に対して使われる。大厄災による天変地異で目覚めた、とか突然変異を起こした生物だとか。はたまた別の世界からやってきた未知の存在だとか、様々な仮説はあるがその正体や出現条件は謎に包まれている。

 一説によれば恐竜の生き残りで、もともと地球に存在していた。なんて言われてるらしいが人類の脅威であることに変わりはない。場合によっては自衛隊などが処理することもあるが、今回は人里の近くということで特防隊に役目が回って来た。

「怪獣への対処については専門のチームが来るらしいから心配するな」

 そう言う安藤の顔は不機嫌だった。基本的に不愛想な人間であるが、ここまで露骨に不愉快であることを顔に出すのは珍しい。と乾は密かに感じていた。

 移動すること三時間、真新しいトンネルの前に位置する道の隅に一台の車が停まっているのを発見する。安藤たちが乗っているのと同じ黒の軽ワゴン車だ。安藤がその後ろへ車を停車させると、運転席から男が降りて来た。それに応対する形で安藤も車から降りる。

「お疲れ様です。安藤さん」

「おう、お疲れ。久しぶりだな、美濃坂みのさか

 美濃坂みのさか かおる。安藤と同じく特防隊のMG部隊に所属する仲間であり、歳は安藤の十歳下の三十一であるが特防隊へ入隊したのは同じ時期だ。

 細い目に整った顔立ちと軽く整えた黒髪は優男的な雰囲気を漂わせている。細身でありながら、安藤よりも頭一つ分身長が高く、ぴっしりと着込んだスーツが良く映えている。

「安藤! 遅いじゃない!」

 二人が軽い挨拶を交わしていると、唐突に罵声が響き渡った。やけに幼い声に安藤はしかめっ面を作ってから視線を下へ向けた。美濃坂の一歩前、安藤の足元には場に似つかわしくないような幼女が立っている。

 見た目の年齢は十歳くらいだろうか。幼いながらに目鼻立ちは整っており、七割の可愛らしさと三割の美しさを感じさせる。長く伸ばした金髪はさらりと輝き、全体的に”お人形さん”のような印象を受ける。しかし着ている服は美濃坂と同じく黒いスーツで、なんともアンバランスな感じだった。

 長い睫毛まつげを携えた宝石のような碧眼へきがんは敵意を剥き出しにして安藤を睨み付けていた。

「いったいどれだけ待たせるのよ! 軍人上がりのくせに遅れてくるなんて、鍛えすぎて脳みそまで筋肉になって時間間隔なくなっちゃった?」

 下っ足らずな愛らしい声音とは裏腹に暴言を吐き続けるのは美濃坂みのさか 未来みく。美濃坂の養子である。ちなみに集合時間は三十分後だ。

「あー! 未来ちゃん、久しぶりー!」

「千穂、久しぶ――きゃっ!」

 助手席から降りて来た乾は未来に駆け寄ると勢いよく彼女へ抱き着くとそのまま愛で始める。

「ちょっと! いきなり抱き着かないでっていつも言ってるでしょ!」

「だって、可愛いんだもん」

「答えになってない!」

 じゃれ合う二人を横目に、安藤は美濃坂へと苦言を呈する。

「こいつの言葉遣いはどうにかならないのか、娘の躾は親の役目だろうがよ」

「普段は礼儀正しいいい子なんですけどね」

 ははは、と他人事のように嘯く美濃坂に安藤は呆れた溜息を吐き出した。美濃坂の娘への溺愛ぶりは隊内でも有名だ。今さら何を言った所で無意味だろう。

「――というか無視してんじゃないわよ!」

 いつの間にか乾の拘束を抜け出した未来は安藤の脛を蹴り上げる。

「いってぇ! なにしやがる、このクソガキ!」

 勇ましく睨み返す未来を安藤は持ち上げて振り回す。

「きゃー! 離しなさい、踏み潰すわよ!」

「わー、私も混ぜて―!」

 騒ぐ二人に向かって勢いよく駆け寄る乾は安藤にタックルをかましてもみくちゃに転がった。その隙に未来は安藤から逃げ出すと美濃坂の後ろへ隠れて、べっと舌を出した。

「ほら、遊んでないで行きましょう。遊びに来たんじゃないんですから」

「くそっ、わかってるよ」

 子供のような注意を受けて、安藤は乾と共に立ち上がるとさっさと自分の車へと乗り込む。

「だからあいつらと組むのは嫌だったんだ。先が思いやられる」

「いっつも喧嘩してるもんね。未来ちゃんがあんな生き生きするの安藤さんの前だけだよ」

「チクショウ、なんで俺だけ」

「安藤さんは優しいからね」

「はあ? なんだそれ」

 いまいち納得できないでいながらも、美濃坂たちが乗り込むのを待って安藤は先導する形で車を発進させた。

 二台は並んでトンネル内に入る。まだ新しく綺麗なトンネルを通り抜ければ、山道にしては広い真新しい道路が続いている。報告によれば村へ向かう道中にも襲われる危険はあるようで、警戒しながら車を走らせる。

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