胡乱な村

 しばらくすると、見晴らしのいい場所に出た。怪獣が撮影された場所だと気が付き、安藤は車を停め、窓を開けて風景を眺めてみる。後ろでは美濃坂も同じように山を眺めていた。

 ここから見た限りでは変わった様子はない。どこにでもありそうな山の風景だ。大きな生物が移動したような痕跡も見られない。

「あの山より大きいんだよね? 私、怪獣って生で見たことないけど、全然想像できないや」

「俺は何回か遭遇したことあるが、対面しただけで死ぬかと思うぞ。できれば相手が怪獣じゃなかったらいいんだけどな」

 窓を閉めて運転を再開させながら願望を口にする。

「怪獣じゃないことってあるの?」

「あぁ、デカい図体はただの幻影で、実体は人間と同じサイズとか。怪獣騒動はだいたいこのパターンが多い。今回もそうだといいんだがな」

 トンネルを抜けてから山道を走ること三十分弱、ようやく目的の村へ辿り着く。まずはこの村の代表者である名原なばら良樹よしきに会うため、村の中心地へと向かった。山間には田畑がこさえられており、古めかしい民家の中には現代的な真新しい建物もちらほらと確認できた。

 コンビニやスーパーなど都会にある施設も確認はできたが、側だけ作ったところで建設作業は中断されたらしく無人のまま放棄されている。トラックや機材など、持ち主が消えてしまった物はそのまま放置されているようで、どこか異様なもの悲しさを覚えた。

 畑作業をしていた村人が安藤たちへ奇異な視線を向けていることに気が付く。部外者が珍しいのか、と思ったが業者が入っているのでそういうわけでもないだろうと安藤は考えを改める。そして同時に、村人たちの視線には敵意にも似た警戒が籠っていることに嫌な胸騒ぎを覚えた。

 村に入ってから十分ほど車を走らせて名原の家に到着した。古き良き平屋でかなり大きい。塀こそないが、いかにも権力を持っている人間の家、といった感じだ。

 家の前に車を停めると見計らったかのように初老の男が出て来て安藤たちを出迎える。事前に貰っていた資料から、彼が名原良樹であることがわかった。安藤たちも車から降りて名原と対面する。

「これはこれはよく来てくださいました。特防隊の方々、ですよね?」

 安藤は軍服、乾は高校の制服。美濃坂親子はスーツだが片方は幼女と、怪奇事件の調査とは不釣り合いであろう人物たちの登場に名原はたじたじになっているようだった。そんな彼へ、安藤は名刺を取り出しながら挨拶をする。

「はい、我々は特防隊の人間で、この村で起こっている特異事件の調査に来ました。さっそくお話を伺っても?」

「もちろんです。ここではなんですので、どうぞお上がりください」

 そうして名原は安藤たちを家へと招き入れる。木造の豪勢な建物で、年季は入っているだろうが手入れが行き届いているのか古さは感じられなかった。客間へ通され、畳の上に置かれた机を挟み安藤と美濃坂は名原と対面した。二人の後ろに乾と未来は座る。

 名原の妻であろう人物がお茶を持って来て、四人に渡した。

「あら、可愛らしいお客様ね。どうぞ、ゆっくりしていってください」

 にこりと愛想よく笑いながらお茶を渡し、女子二人も愛想よく受け答えする。そんなやり取りを終えて、妻が出て行くと安藤は話を始めた。

「では、まず、この村を訪れて行方をくらませてしまった人たちについて、知っていることを教えていただけますか」

「知っていること、と申されましても……気づかない内に忽然と姿を消してしまいますので我々は何も」

「些細な事でも構いません。行方不明になった人間を最後に見た時の様子や、何か村でいつもと違ったことがあったとか」

「そうですねぇ……いなくなった人たちに関しては先ほども言った通り、突然いなくなってしまうので。それこそ神隠しにでもあったように。きっと山の神様の怒りに触れてしまったのでしょう。下手に山を弄ろうとするから」

 いやはや、と名原は困り顔を作って見せる。どこか他人事のような言い草に引っかかりを覚えつつも、そこには触れずに安藤は普通の疑問を投げかける。

「山の神、とは?」

「この辺りで信仰されている神様です。災害や疫病からこの一帯を守ってくださる存在でして、おかげで大厄災の被害も受けずに済みました。孤立地域と呼ばれてしまう状態にはなってしまいましたが、それでも生活に窮することなく今までやれたのも山の恵み――神様のおかげなのです」

「その神様は大厄災後の信仰ですか?」

「いえいえ、大昔から崇められている神様ですよ。決まった名前はありませんが、村の近くに祠もあります」

「なるほど、ちなみに姿形はどのように伝えられていますか?」

「それはもう山のように大きな体であると。姿は人のようだったり、獣のようだったりと文献によって様々ですね」

「その文献は拝見できますかね」

「ええ、図書館に行ってもらえれば」

「そうですか。わかりました。ご協力、ありがとうございます」

「いえ、大した情報をお伝え出来なくて申し訳ない。ちなみに、滞在はどのくらいで?」

「長くても一週間程度ですかね」

「泊まる場所はお決まりですか?」

「業者が使っていた仮設事務所を使おうかと。あぁ、そうだ。風呂や食事の出来る店を教えてもらえますか。それと、村の地図でもあれば嬉しいんですが」

「わかりました。少々お待ちください」

 そう言って名原は部屋から出て行く。それを確認して、安藤はこそっと美濃坂へと話しかけた。

「どう思う?」

「かなり怪しいですね。行方不明者については知らないと言っていましたが、恐らくは嘘でしょう。名原の独断か、それとも村ぐるみかはわかりませんが、特異事件に絡んでいると思います」

「だよなぁ」

 山の神とやらの信仰心は本物だ。それに村の中で行方不明者が出ているにも関わらず、落ち着きすぎている。事件について何かを知っているのは確実だろう。

 名原が村の地図を持って戻って来る。安藤と美濃坂は会話を打ち切って疑う素振りなど微塵も見せずに行儀よく待っていましたよ、という素振りを取った。

 名原は地図を机の上に広げる。よく観光地などで見るような、要所をピックアップして描かれた地図だ。それを参考に図書館と祠、なんとなく怪しそうだと思う場所を何箇所か聞いて、安藤たちは地図を貰うと、礼を言って立ち上がり名原宅を出た。

「ひとまず、手分けして探ってみるか。俺と乾は図書館へ行ってみようと思うが、美濃坂たちはどうする?」

「じゃあ、僕らは祠とやらに行ってみます。ついでに軽く、山の中も見て回ろうかと」

「大丈夫か? 何かいるとしたら祠か山だ。二人だけじゃ危険だと思うが」

「大丈夫に決まってるでしょ! 何が出て来てもわたしが踏み潰してやるわよ。誰を相手に物を言ってるか、理解してる?」

「クソガキ」

「踏み潰すわよ!」

「まあまあ。祠も村からそう遠くは離れてませんし、山も深くまで入るつもりはありません。それに何かあったらすぐに連絡しますから」

 どうどう、と美濃坂は未来みくを車に引っ張っていくと祠があるであろう方角へと走り去る。

 さて俺たちも、と安藤は車に乗り込もうとして、遠巻きにこちらを見ている村人と目が合った。好奇心で、というよりは敵意を剥き出しにしたような視線。そういえば名原宅へ来るまでの道中でも同じような視線を向けられていたことを安藤は思い出す。

「どうしたの? 早く行こうよ」

 乾に急かされ安藤は今度こそ車に乗り込むとすぐに車両を発進させた。運転しながら助手席に座る乾へ問いかける。

「ここの連中、あまり俺たちを歓迎してないみたいだ。白昼堂々と襲ってくることはないだろうが、一応注意しとけよ」

「さっきも美濃坂さんと同じようなこと話してたよね。やっぱり今回の事件は村ぐるみで起こしてるのかな」

「まだなんとも言えんが、もし村ぐるみで事件を起こしてるとして人間を失踪させる目的はなんだ?」

「復興作業の邪魔をしたいとかじゃない?」

「だったらそう言えばいい。詳しい基準まではわからんが、拒否している場所を無理やり復興させるほど余裕があるわけじゃない。いつかは着手することになるだろうが、後回しにはされるだろ。わざわざ怪奇事件を装ってまで人間を襲う理由があるはずだ」

「生贄とか? 山に神様がいるのは確定なんでしょ?」

「まあ、そうだな。あの写真は本物だったし、村に特異体の反応があるのも事実だ」

 言いながら速度メーターの前に直置きされた計測器へと目をやる。振り切ってこそいないが、針は右側に寄って戻ってこようとはしない。何かが潜んでいることは確実だった。

「地道に調べていくしかないだろうな。村が関与しているにせよ、そうでないにせよ、俺たちが探ってれば向こうから何かしら動きがあるだろ」

 山の神とやらを崇めているにしろ、強迫概念的なモノに操られているにしろ、自分たちのような存在は相当、邪魔なはずだ。近いうちにアクションは起こすだろうと安藤は考える。

 後手に回ることにはなるが、乾と未来がいるのであればだいたいの特異体であれば対処できるだろう。逆にこの二人が対処できない相手であれば、かなり厄介な事になる。

 そうならないことを祈っていれば、車は村の図書館へ到着した。安藤と乾は車から降り、山の神についての調査を開始する。

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