山の神

「みんな、無事か!?」

 襲撃してきた三人を返り討ちにした安藤が小屋から飛び出して三人を確認する。乾は美濃坂ペアから一歩離れた場所で、あわあわしながら立ち尽くし、美濃坂は安藤へ無事を示すように頷いた。

 安藤は安堵の息を零してから、美濃坂たちの横で腰を抜かしたまま呆然とする男へ荒い足取りで歩み寄ると、腕を後ろに回して所持していた縄で拘束した。

「乾、怪我はないな? 襲撃してきた奴らを一か所に集めてくれ。あっちに三人いるから」

「う、うん! あ、私たちの所にもう一人いるから、そっちも縛ってて!」

 安藤は乾たちの眠っていた小屋を覗くと、隅っこで気を失っている男を発見し、手足を縛ってから外に集められていた男たちの近くへと放り投げる。

 安藤は男たちを冷たい眼で見下ろす。さて、こいつらをどうしてやろうか、いや、その前に美濃坂たちの手当が先か。

「お、お前たちは、いったい何者なんだ!」

 縛られた男の一人が吠える。その目は勇ましくも安藤たちを睨み付けているが、明らかな恐怖が滲み出ていた。

「特別有事防衛隊。知ってるだろ? 特異事件を専門に解決する組織で」

「そんな表向きの話はどうでもいんだよ! そっちの、なんなんだあいつは……! あんな化けも――」

 言い終わらない内に安藤は男の顔面を蹴りつける。厚底の堅い靴を無防備な鼻先に食らい、男は悶絶しながら地面へ蹲った。痛みに悶える男と、それを引き攣った顔で見守る他の男たちへ安藤は冷淡に言い放つ。

「そっちから襲ってきといてなんだ、その言い草は? お前ら自分の立場がわかってるのか? 俺たちは自衛隊や警察じゃない。国から特命を受けて活動してる組織だ。この意味がわかるか? 一般市民が五人、消えた所でどうとでも処理できるんだぞ。こっちは。口の利き方に気を付けろ」

 いつになく圧の籠った物言いに、男たちはごくりと息を吞んだ。一般人に対する攻撃は許可されていおらず、私情で命を奪えば厳罰は免れないが、それは男たちの知る由もない事だった。

「それを踏まえて、お前たちに聞く。目的はなんだ? この村でいったい何をしている」

「お、俺たちは山神様の怒りを鎮めるために仕方なく……!」

「山神様を鎮めるには血を捧げなければならなかったんだ! どうしようも、なかったんだよ!」

「山の神を鎮めるために俺たちを襲ったのか。なら、これまで失踪した人間も同じようにお前たちが襲ったんだな? 行方不明者はどこに」

「ね、ねぇ、安藤さん。あれ……」

 詰問を続ける安藤を乾が呼びかける。

「なんだ?」と振り返ってみれば、仮設ハウスの周りを多くの人間に囲まれている光景が目に入った。いつの間にか美濃坂たちも安藤たちの横にいて、警戒心の籠った眼差しを周囲に振りまいている。

 真っ暗の中でライトも持たずに安藤たちを囲むのは村人たちだろうか。彼らは不安と怒りを滲ませて、何かを口々に呟いている。

「生贄を捧げなければ」「山の神に逆らうな」「邪魔をするな」

 どうやらこの男たちの仲間であるようだ。安藤たちが抵抗したことにご立腹らしい。今でこそ遠巻きに文句を投げかけているだけだが、一斉に襲われたら厄介だ。

 特に負傷している美濃坂を守り切るのは困難だろう。せめて車に移動しようと、安藤は拳銃を構えて集団に叫んだ。

「それ以上近づけば敵対行動とみなし、反撃する! 一人も動くな!」

 ざわめきが巻き起こる。特異体用の武器であるが、見た目は普通の拳銃に似ているのに加えてこの暗闇だ。一般的な拳銃でないことがバレることはないだろう。

 それに人間に対しても閃光弾的な役割が期待できる。車までの十数メートルを移動するだけなら何も問題はない。

 安藤の考えを美濃坂たちも察したのか、自然な動作で車の方面へと移動する。

 と、その時だ。ドズン、ドズンと地鳴りのような音が響き渡る。地震や土砂崩れなどではない。それはまるで巨大な人間が歩いているかのように、断続的かつ規則的に山間を振動させ、こちらに接近してきているのがわかった。

 村人たちからのざわめきはより一層強くなる。拳銃を向けられた時よりも遥かに大きな動揺と畏怖が、一瞬にして一帯を包み込んだのを安藤たちは感じ取っていた。

「山神様だ……山神様がおいでなすった!」

 村人の一人が安藤たちの後方にある山を見上げながら叫ぶ。安藤たちが振り返ると、ソレはいた。


 村を囲む山の間から、体を傾けてこちらを覗き込むような恰好で巨大な影が佇んでいた。目測50メートル近くはありそうな特異体――写真で見た怪獣だ。月明かりに照らされていながらもその全容は計り知れない。夜の暗闇よりも深く、強大な闇が人の形を持ってそこにいた。

 ただ顔だけはいまいち判別できない。見ようによっては口のない骸骨に見えなくもないが……。

 

「うわあああぁぁぁ!」「大変だ、山神様のお怒りだ!」

 安藤の思考は村人の絶叫で中断される。顔の形はこの際どうでもいい。今は怪獣が現れた事実に対処しなければ。

「未来! アイツの撃退を頼む」

「イヤよ」

 予想外の返答に面食らいながら安藤は未来へ顔を向けた。小さな体に支えられている美濃坂も驚いたように口を開けている。そんな彼らに構わず未来は続けた。

「どうしてわたしたちを襲ってきた奴らを助けなくちゃならないの? わたしたちじゃなかったら、きっとさっきので殺されてたわよ。ううん、もっとひどい目に遭ってたかもね。それにこいつらはわたしたちに助けられることを望んでないじゃないの?」

 ちらりと村人たちの様子を見る。月明かりしかない状態でぼんやりとしか見えないが、彼らの怪獣を見上げる表情の大半は恐怖に染まっていたが一部は羨望の眼差しを向けているようだった。待ちわびたように、それこそ神様が目の前に現れたかのように。

「そんなこと言わないで。あれを倒せるのは未来ちゃんだけなの」

 乾が駆け寄って未来へ説得を試みる。けれど未来は首元のチョーカーを守るように美濃坂を抱えていない方の手でチョーカーを覆った。そんな彼女へ、美濃坂は優しく諭すように言う。

未来みく、気持ちはわかるがこれも仕事だ。力を持っている責任を果たすんだ」

「だって! 薫が怪我をしたのだって、もとはと言えばあいつらが」

「未来、頼む」

 優しくも拒否することは許さない、芯の籠った声音で言われて、未来は渋々ながらにチョーカーから手を離した。そうして美濃坂の身体を安藤へ託す。

「アレとは戦う。でも、わたしが守るのは仲間だけだから。村の連中まで守る余裕はないからね」

「わかっているよ。戦うと決めてくれてありがとう、未来」

 そうして美濃坂は未来の首からチョーカーを外した。直後、安藤は美濃坂を連れて車へ走る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る