捜査→宝物
秘密というのは後ろめたいものが殆どなのだけれど、暴かれない方が良いこともある。
僕は重大な秘密を隠している身でありながら、そんなことを今更思い知った。
「どうして皆さんの部屋という部屋からアイラ公爵令嬢の肖像画が見つかるのですか!?」
「どうしてなんでしょうねえ……」
僕の部屋を調べに来たというレベッカさんとケイトさんを部屋に入れると、いきなりレベッカさんが床に膝をついて叫んだ。
なんでも家宅捜査で二人が各メイドの部屋に立ち入った所、出るわ出るわ。お嬢様を描いた絵葉書や小さな手持ちサイズの肖像画が見つかったらしい。
一応引き出しやクローゼットの中に隠されていたらしいが、捜査である以上その程度の隠し場所は調べられるわけで。
結果レベッカさんは真剣に仕事をしているのにも関わらず、大量のお嬢様グッズとご対面したというわけだ。
彼女からするとちょっと知りたくなかった事実かもしれない。大げさにも見える反応が、彼女の受けた衝撃の程を表している。
「それだけ皆がお嬢様に忠誠を誓っているということです」
「まあ皆お嬢様大好きですからね……」
ケイトさんが眼鏡をくいと押し上げると、きらりとレンズが光る。彼女が動じないのも当然のことだ。
なんたってそれらを描いたのはケイトさんだ。娯楽の少ないこの場所において、メイド達が何を楽しむかというのは重大な問題だ。それをお嬢様の尊さを接点の少ないメイドにも知ってもらうことで解決するといって始めたことだが……。どうやらうまくいきすぎてしまったようだった。
そんな裏事情を知っているので、乾いた笑いにもなるというもの。
「エスティリアさんの部屋だけが最後の希望だったのに……!」
「逆にどうして僕の部屋に無いと思ったんですか」
僕の部屋の壁にも、春の柔らかな日差しの中で花を愛でるお嬢様と傍で見守る僕を描いた絵が飾られている。全体的に淡い光の使い方が絶妙で、お嬢様の可憐さや儚さ、神々しさを見事に表現しているとして、ケイトさんの最高傑作だと思っている。
「……ええ、そうですよね。それはそうです。でもここまで使用人に慕われている主がいらっしゃるとは」
「お嬢様が主ですから当然のことです」
きっぱりと断言するケイトさん。多分そういう所も含めて言われているのだと思いますよ。
「ではこの部屋を捜査させていただきますね」
「どうぞ」
机の引き出しやクローゼットの中を調べ始めたレベッカさんを見守る。これにはレベッカさんが僕達を調べると同時に、彼女がおかしな素振りを見せないよう監視するという意味もあるので気が抜けない。
とはいえだ。普段から一切の妥協をせず女装をしていたものだから、部屋に男物は一切ない。下着――胸の方はサラシだけど下は本当に女性物。恥? それはお嬢様の為になるの?――は多少不自然かもしれないが、幸いというべきか今は本当に胸がある。いざとなればばっと見せてしまえばいい。そういうわけで、部屋を調べられてもあまり不都合はないのだった。
「……このシャツ、ずいぶんと大きいようですが」
「ああそれは」
少し低い声音でレベッカさんがクローゼットから持ち出してきたのは、乾燥したばかりのアルフレドさんのシャツだった。明らかに男物で、僕が着るには大きすぎるそれは不思議に思われても仕方のないことだろう。
「アルフレドさんのものです」
「団長の……!?」
「え、エスティ!? あなたいつの間にそんな、そんなことを!? いくらなんでもそれはお嬢様が悲しむでしょう!?」
「け、ケイトさん、肩を揺すらないで、ください。目が、めがあまわりますう」
ケイトさんに肩を掴まれてがくがくと揺らされる。彼女は剛力を誇る女性なものだから、その凄まじさたるや首がもげるのではないかと思うほどだ。
確かにこれだけでは言葉足らずもいい所だろうか。女性の部屋に洗い立ての男もののシャツ、何も起きなかったはずがないと言わんばかりだ。
弁解したいのだけれど、こうも強く揺らされたままではまともに話もできず。ケイトさんが落ち着くまでたっぷり五秒くらい待つことになった。
「朝に剣の手合わせをお願いしたんですよ。それで汚れたシャツを洗って返す約束をしただけなんです」
「団長と手合わせ、なるほど道理で打ち合う音がしていたわけですか。てっきりゲラートがついにやる気を出したものだと思っていましたが……」
「彼は途中から見ていたようですね。終わった後にいらっしゃいましたよ」
「あいつめ、そのまま鍛錬に励んでくれればいいものを」
「……そう、ならあなたの貞操は無事なのね」
「一体何を心配してるんですか!? 流石にそんなことできないですよ!?」
つい先日まで男だったのに! ケイトさんのエッチ!
言葉にならない叫びはケイトさんには届いたようで、彼女が肩の力を抜く。
なんで男とそんなことしなくちゃいけないんだ。いや確かにお嬢様のためなら頑張る、頑張る……けれども! この状況でそんなことしたらそれこそ後ろめたいことがあると言うようなものじゃないか。無し、絶対に無しだ。
「そういう事ならばまあ、これは問題ないのでしょう。一応言っておくがちゃんと返してくださいね?」
「返しますって! 変なことはしませんよ!」
「そうか、ならいいです。たまにあの人のシャツは無くなったりするので……」
「彼が失くしたとかではなく?」
「部屋にあったはずのものだったり、干していたはずのものが無くなっていたり」
「うわあ……」
ご愁傷様と言えばいいのだろうか。誰が取ったという話は抜きにしても遠い目をするレベッカさんを見れば、かなり苦労しているのだろうという事は容易に想像できた。
「あの人もあの人で気にも留めていない節があるので。もう少し警戒してほしいものですが」
「そういうのに無頓着なんでしょうか」
「ええ。代わりに騎士としては尊敬できる人ですし、仕込まれた毒なんかにも目敏く気付きます」
だから
「しかしまあ、調べると言ってもです。エスティリアさんはあまり物を持たないのですね」
「必要最低限あればいいという主義ですから」
僕の部屋にあるのは机、メイド服が大半のクローゼットにベッド、そしてお嬢様の絵。細かい物まで言っても夏場に体臭を誤魔化す香水や短剣、殆どが仕事で使う物だ。
「誰の部屋にも武器があると」
僕の短剣を検めながらレベッカさんが言った言葉に、ケイトさんが答えた。
「女手しかない場所ですので。良からぬことを企む輩に目を付けられやすいのです」
「……大変なのですね。しかし王家からは騎士団の派遣も打診されていると聞きますが」
「わたくしどもの与り知らぬことです」
本当は王家が騎士団にお嬢様を護衛させようとしていることなど知っている。しかし騎士団など男所帯なのだから来られても困るという事情もあって断っている――ということを僕達の口から言うと問題になるので、知らんぷりをする方がいいのだ。
色々と面倒なあれこれがこんな会話にも絡んでいて気疲れしそうだ。
「そうですか。部屋には特段怪しい所はありません。すると聞き取りの方が気になりますが」
「ご随意に」
「うん、まあまだ捜査は始まったばかり。現場の方もまだ調べるのだから結論を急ぐものでもないですね」
レベッカさんは慎重な様子を崩さない。王族が暗殺されたとあってはそうもなるだろう。その割にはこの屋敷に来るのがあまりにも早すぎるから、何か裏で蠢いている謀略はあるに違いない。
まだまだ気が抜けないようだ、と思ったところでレベッカさんが僕を見て首を傾げた。
「そういえばメイドの中でエスティリアさんだけ髪飾りを着けているのですね。それもアイラ公爵令嬢とお揃いの」
「ああ、これのことですか」
前髪の右側に手を伸ばせば、硬質な手触り。そこに着けているのは鈴蘭の髪飾りだ。
「お嬢様から頂いた、大切な物なんです」
六年前の事件の後、二人がいつもそばにいるようにと贈られたこの髪飾りは僕にとって何より大切な宝物である。
二人ともが身に着けていなければ意味のない魔道具ですっかり日常風景と化していたから忘れていたけれど、メイドと主人がお揃いのアクセサリをしているというのは奇異に映るに違いない。
「お互いの居る方向がわかる、それだけの魔道具なんですけどね。確かめられますか?」
「いや、大丈夫です。あなたの顔を見ればどれだけ大切にしているかわかるというもの。私個人としてはそれだけでもう十分ですから。……本気で調べるとなれば無事に帰ってくる保証もなくて」
「ありがとうございます」
良いものをみたとばかりにレベッカさんの口元が綻んでいる。ケイトさんは右頬は引きつっているのに、反対は緩んでいるのだった。
僕はどんな顔をしているというのだろうか。なんとも面映ゆくて、ついアクセサリに触れた腕で顔を隠すようにそっぽを向いてしまった。
TSメイドの推し事 ―お嬢様を溺愛する女装メイドが本当に女の子になってしまったようですー 星 高目 @sei_takamoku
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