思考→予感

「どうしたものかなあ……」


 一人屋敷の廊下に立っていると、つい言葉が零れ落ちる。

 思い返すのは先ほどのことだ。

 

 『この屋敷にいた男に襲われた』

 御者がそう証言したとアルフレドさんは告げた。

 その言葉にお嬢様は口を手で覆って戸惑うばかりで、アルフレドさんはそれを見て頬を緩めたのだった。

 

「アイラ嬢の男嫌いはこちらも周知している。屋敷に男の使用人がいないことも。だからそう怯えないで欲しい」


 そして彼は事態の伝達と確認の為に、屋敷の人間を全員広間に集めて欲しいと告げて去って行った。




 それで僕は今お嬢様を部屋に送り、その扉の前で見張りをしている。

 使用人の招集についてはケイトさんに任せてある。

 先程から僕だけあまり動いていないようだが、このように動くのは僕とケイトさんで役割を分担しているからだ。

 僕は傍仕えとしてお嬢様の警護を、ケイトさんはメイド長として屋敷を管理してお嬢様を守る。

 僕たち二人の在り方はいつからか自然とそうなっていた。

 お嬢様を取り巻く悪意から守り抜くために。


 そして悪意は再び実質的な形を伴ってお嬢様を害そうとしている。

 きっと間違いのないことだ。

 じわじわと見えない何かに逃げ場を遮られているような気味の悪さ。

 それは今回の事件に不自然な点があまりにも多く、そのほとんどが仕組まれたかのようにお嬢様に不利に働くようだから感じるのだろう。


 王子がこの屋敷を訪れたのは昨日のことだ。

 しかもあの横柄な王子らしく前日に先触れを出して突然来るものだから、屋敷の使用人は大慌てになったものだ。

 立場ある人間を持て成すためには、食材やら警護やら使用人のスケジュールやらを事前に計画しなければならないのだから。

 勿論一日でやれと言われればやるのが使用人の矜持だが、少なくとも失礼な振る舞いには違いない。

 それはともかく、だ。あの王子は不定期にこの屋敷へ来ていたから、内部の人間でない限り彼の動向を察知しがたいだろう。

 

 そんな来訪の帰りで暗殺にあって、翌朝には騎士団長が動いている?

 何か作為的な物を疑わずにはいられない。


 そもそも戦闘を経て王族を暗殺するなど、余程の力量を持った集団でないとなしえない。

 例え不意打ちであったとしてもだ。騎士の部隊がその程度で崩れるようなことは考えにくいのだから。

 

 騎士、それは熟練した剣術と魔法を織り交ぜて戦う一騎当千の人間だ。

 剣を扱うには肉体と血の滲むような訓練、魔法を扱うには素質と理論への深い理解がそれぞれ必要となる。

 その上で両者を息をつく間もない戦いの中で使える人間となれば、かなり数が限られている。


 そんな騎士達を圧倒できるとなると、圧倒的な力を持つ個人かさらに優れた集団の力が考えられる。

 しかし前者であればほとんどが冒険者か国仕えとなっており、有名であるものだ。

 動向が把握されやすいことや確実性を考えれば、後者の方が現実的だろう。


 なのに御者の証言は屋敷にいた男個人を指している。

 そして屋敷にいた男という要素に当てはまるのは、僕だけだ。

 王子が帰った時に男へ変えられたはずの僕だけ。


 実際には逆なのだけれど、これでもし僕が男であれば証言を頼りに第一容疑者となっていただろう。

 恐らくは僕の性別を変えた神代魔道具アーティファクトも回収されていて、男にされたと言っても証拠がないに違いない。

 そうなれば窮するのはこちらだ。


 騎士団が来るのもあまりに速すぎる。

 事件が昨夜に起きて、現場を調査して、今日この屋敷に来る。

 始めから事件が起きることを知っていて、近くに居なければできない動きだ。

 

 騎士団長もクロなのか、それとも行動を命じた上がクロなのかはまだわからない。

 けれどこの国の権力者の中に繋がっているのは警戒すべき……。


「エスティリアさん?」

「あ、アンさん。どうかされましたか?」


 考えに耽りこんでいた僕に声を掛けてきたのは、先程アルフレドさんと一緒に部屋に入ってきたメイドだった。

 アンといい屋敷の中では若く、素朴で明るい笑顔が印象的な子だ。

 

「じきに集まるので、お嬢様も連れてきて欲しいとメイド長から伝言です」

「わかりました。ありがとうございます」

「あ、あの!」


 ノックをしようとした手を止める。

 振り返ればアンはひとりぼっちになった子どものような、困り果てた様子で俯いていた。


「大丈夫、なんでしょうか。突然王子が暗殺されたって、騎士団の人がいっぱい来ちゃって。捜索するためだって言うけど、もし何か言われたら、あたしたち……」

「大丈夫ですよ」

「でも」

「大丈夫」


 不安な気持ちはわかる。

 事態が良くない方向へ転がろうとしていることを、きっとアンも感じ取っているのだろう。

 屋敷の雰囲気はいつもの静謐さを欠き、どこか物々しい。

 張り詰めた空気に、男性、騎士、お嬢様とは縁のない人々が行き来している。

 鉄と血、そして謀略の匂い。

 それは決して拭い落とせない。


 だとしてもだ。


「お嬢様は決してそのようなことに手を染められませんから」


 お嬢様がその狂気に触れるはずがない。

 触れさせやしない。

 そのために僕がいる。


「だから堂々と、僕達の潔白を証明しましょう」

「……はい!」


 例え白を黒にしようとする相手でも。

 僕はその間にある灰として、お嬢様を守るのみだ。

 その果てにこの手を染めようとも。

 

 

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