相談→真っ白
アリフレタ公爵家の当主、フランク・エス・アリフレタ。
貴族の中でも特殊な立ち位置にあるアリフレタ家を一人で切り盛りする厳格な男性であり、お嬢様の御父上だ。
そして男である……あった僕がお嬢様に仕えることを許可してくれた人でもある。
そんなフランク様とお嬢様の間には、立ち入りがたい壁がある。
「お父様に、相談ですか……」
お嬢様が俯き、膝の上で拳を握る。
お嬢様の年頃なら、父親に相談することを躊躇う必要もないだろうに。
ましてやそれが貴族令嬢であればなおさらだ。
ただことこの家においてはそうもいかない経緯がある。
「はい。お嬢様、当主様に相談するという事を悩まれるのもわかります。しかし現状においては当主様の御力をお借りするのが最善かと。エスティをどう扱ったかが豚に知られれば、奴は良いように話を作ります。であるならば知られないように、奴の訪問を断るのが良いでしょう」
ケイトさんが語る作戦には一理があった。次に来られた時に困るなら、来させなければいい。
問題自体は解決しないけれども、悪化を防ぐ一時的な対策としては上々だ。
「奴は腐っても王族、しかしその中でも弱い立場に置かれているのは事実です。奴の行いによってお嬢様が心を痛められたと、アリフレタ家としての正式な抗議と訪問の拒否をしていただきましょう。そうすれば仮に奴が抗議を無視してきたとしても門前払いする口実が出来ます。それにお嬢様へ星見の御子としての価値だけを求めているあの屑にとって、お嬢様に拒否されるというのは相当な痛手となるでしょう」
「それは、そうかも知れませんが……」
ザック王子は王家の三男ではある。しかし二人の兄が優秀であるため王位継承の目はないと噂されている人間だ。
そんな彼が勝ち筋を見出したのが、星見の御子であるお嬢様を伴侶として迎え入れてその権威を得ること。
それなのにお嬢様に拒まれたという事実が広まれば、彼の立場はより一層苦しくなるに違いない。
ケイトさんが言っているのはそういうことだった。
確かに、と内心で納得する。心配な点があるとすれば、追い詰められたザック王子がなりふり構わなくなるかもしれないということだろうか。
しかしそうなった時には身を挺してお嬢様を守る覚悟と実力があるからこそ、ケイトさんはそれを口に出さないのだろう。
無論僕もそれは同じだ。口に出せば、お嬢様は僕達のことを案じてしまう。だから言わない。
それにフランク様なら上の王子たちをそれとなく味方にして、王子の動きを制限するくらいのことはするだろうという信頼もあった。
他にいい案が無いか考えてみるけれども……相手に先手を打たれた以上、現場でできることだけではどうにもしがたい。
あるいは、ザック王子はお嬢様とフランク様の間に隔たりがあることを知っていて仕掛けてきたのかもしれない。
そうであるならば、刺さる一手だと思えた。
しかしお嬢様は迷っている。
「お父様に
また、という言葉が差す意味を思えば、僕はどうにも無理に決断を迫る気にはなれないのだった。
お嬢様とフランク様の関係が歪となり、お嬢様の男性恐怖症が本格化し、貴族令嬢だというのに人気の少ない僻地の屋敷に女性だけを雇って暮らしている理由。
そしてエスタ・ネイフという男の死。
これら全ての原因は、六年前の誘拐事件にある。
*
僕は元々貴族の人間だった。貴族とは言っても木っ端も木っ端で、少し豊かな平民といった具合だったけれど。
そして貴族社会でそんな弱小貴族が生きていくためには、より大きな貴族の庇護を受ける必要があった。
いわゆる派閥という奴である。
それで僕の家を庇護してくれていたのが、フランク様が治めるアリフレタ公爵家だったというわけだ。
さてそんな生まれの僕が何故お嬢様に仕えることとなったか。
それはお嬢様が当時から男が苦手であったことと、僕がとても女の子らしい見た目をしていたからだ。
当時のお嬢様は同年代の男の子を見ると恥ずかしがって隠れる程度で、今のように恐怖症というほどではなかったそうだけれど……。
しかしずっとそうではこの先困るし、かといって無理やり男の侍従を付ければ更に悪化するかもしれない。
そんな悩みを抱えていたフランク様が丁度いい方法はないかと派閥の貴族に相談したところ、父が僕を勧めたのだという。
曰く、うちの息子は本当に女の子に見えると。
僕は母の方針によって物心ついた時から常に女装して生活していたものだから、装いも仕草も自然と女の子らしいものになっていた。
地元では両親以外は誰も僕が男だと知らなかったくらいだ。
僕は僕で、まだ性別の違いなんてろくに意識していなかったからそれが自然なことだと思っていたのだし。
そんなわけで女の子に見える男の子という、都合のいい人材で慣れてもらおうという周囲の目論見もあってお嬢様に出会ったのが八年前のこと。
当時僕は七歳の何も知らない子どもだった。
その無知はきっと罪だったのだ。
それから二年経って起きた誘拐事件の首謀者は、他でもない僕の両親だったのだから。
そしてお嬢様は誘拐に協力した継母が処刑されたことを気に病み続けている。
自分がフランク様に苦しい決断をさせてしまったのではないかと。
フランク様にも何か思うところがあったのだろう。それ以来僕達は、お嬢様を遠ざけるかのように与えられた別邸で暮らすことになったのだった。
*
それでも実際の所はどうなのだろうか。
フランク様は確かに厳格で口数が少なく、一見すると怖い方のように見える。
しかし事件の後も僕がお嬢様に仕えることを認めてくださったり、お嬢様には定期的に贈り物をプレゼントされたりなど、決して情が無い方ではないのだろう。
多分、何かを間違えているだけなのだ。お互いが言葉にしていない何か。
ただそれは僕の希望的観測に過ぎないし、それ以前に当主様とお嬢様の問題にただのメイドが口を出すのはとても憚られることだ。
だから僕もケイトさんも提示した方法に理があると説くだけでそれ以上はせずに黙りこむ。
理はあったとしても、感情がそれに従うかは全く別の問題だ。ましてやそれがお嬢様のものであればなおのこと。
一方でお嬢様の答えを誘導しているというのは否定しない。今だって罪悪感で死にたいほどだ。
しかしより良い代案を出せない以上、自分の至らなさを呪う他ない。
沈黙が訪れる。たっぷり十秒ほど数えただろうという時にお嬢様が遠慮がちに口を開いた。
「うん、お父様にお願いしてみる」
それはきっと苦しい決断だったはずだ。
だって。
「例え私がお父様に嫌われていても……もっと嫌われることになったとしても。後悔はしたくないから」
お嬢様のお顔はとても寂しそうだったから。
誰のせいでお嬢様がこんな顔をしているのか? あの王子が大元であることには違いない。
しかしお嬢様は僕を守るために決断をしたのだ。ならば僕もまたかなりの責任を負っていると言えるだろう。
つまり僕は罪人である。そしてお嬢様を悲しませるのは万死に値する。よって死刑である。
「お嬢様」
「なあに、エスタ。私なら、大丈夫だから」
僕達を安心させるような優しい笑みが、痛々しく感じられて胸を抉られる。
いや、いっそ自分で抉ってしまおう。
「僕の心臓を献上するのでどうかお待ちください」
「急にどうしたの!? いらないよ!?」
「そんな、一体どうすれば……いえ、お嬢様に報いるのに心臓だけで足りるはずもありませんね」
「そういう問題じゃ、ないの!」
「そうですよエスティ。馬鹿はほどほどになさい」
「ケイト……」
「全身丸ごと、爪の先まで全てを献上なさい」
「ケイト!?」
なるほど。確かに心臓だけで足りるはずもない。
お嬢様にお許しいただいたとしても、僕自身が罪に見合った罰だと感じられないのだ。
うむ、と分かり合う僕とケイトさんの間にお嬢様がわたわたと慌てて入ってきた。
「なるほど、じゃないの! 二人が傍にいてくれるだけで、私には十分だから」
そんな馬鹿な事言わないで、とお嬢様は小さく呟く。
しかし、だ。
「お言葉ですがお嬢様、僕にとってお嬢様に傍で仕えるというのはもう当たり前のこととなっているのです。ですからそれだけでは何の罰にもなりません」
「そうですね。私もエスティの立場であれば、自責のあまり罰を受けないではいられないでしょう。今後エスティがお嬢様にお仕えしていくためにも、何かしらの罰は必要かと」
「そ、そう……」
流石お嬢様に仕える同志、思考回路がそっくりだ。
「罰……罰……あれ、そういえばさっきお詫びがどうって……あ」
むう、と口を上品に手で覆って悩んでいたお嬢様の口元が緩む。
悪戯っぽく口の端が上がっているのに、嬉しさと恥じらいを隠しきれていない。
もうそれだけで可愛かった。
「ねえ、エスタはさっきのお詫びがまだだったよね?」
「はい」
そういえば、僕が本当に女の子になったのか確かめさせて欲しいというお願いをされていた。
しかしそれはどこからどう見てもお詫びではなくご褒美である。
同じ理屈でお嬢様が抱き着いた際に僕が女の子だと確認されていたのもお詫びにはならない。
よって疑問の余地なく、まだお嬢様にお詫びが必要な状態なのである。
お詫びも罰も必要となると、いよいよ命では足りないのではなかろうか。
「私、ちょっと悲しいな。話を聞いてもらえないし、二人してとんでもないことを言うし……」
「「ぐっ」」
「私だけ蚊帳の外みたいで、少し、すこーしだけ傷つきました」
「やはり命で贖うしか……」
「そういう所! どうしてそう自分をないがしろにするの。二人が傍にいてくれるだけで私にとっては十分幸せなのに」
どうしてと言われても、今こうして僕が生きていられるのはお嬢様のお陰だ。だからお嬢様の為ならばなんだってしてみせる。
そこに自分を勘定に入れるはずもない。
そうですよね? と確認するようにケイトさんを見れば、彼女も同じように僕を見ていた。
自分の命がお嬢様より上に位置するはずがないのだ。
「よくわからない、みたいな顔してる。もう……なんでぇ……」
お嬢様に泣きが入ったので更に僕達は困惑しつつ、そんな姿も可愛いと心に納める。
するとお嬢様が何かを決心したようで、顔を上げて僕を見据えるのだった。
「……というわけで、罰として二人には私がどれだけ二人を、大事に思っているか知ってもらうね」
「「???」」
それはやはりご褒美ではないだろうか。
そんな感想は次の言葉に消し飛ばされることになる。
「だ、だから、その……エスタ、今日、一緒に寝よう?」
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あまりにも衝撃的過ぎて、それからのことは覚えていない。
ただ気付いた時には夜になっていて、僕は寝間着姿でお嬢様の部屋の前に立っていたのだった。
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