女装メイド→メイド

「お、女の子にされちゃったの!?」

「……はい」


 あまりにも突飛な報告に、お嬢様が口元に手を当てて慌てふためいている。

 その姿はとても愛らしく、顔が思わず緩みそうになるのを食いしばってこらえる。


 今はそんなことを考えている場合ではないのである。


「そ、その、ザック様にいけないことされたとか、そういうことなの?」

「違います。断固として。それとお嬢様、そのいけないこととやらについて教えたのはどこのどなたですか? 僕はその方とお話があります」


 本当に誰だお嬢様に変なことを吹き込んだのは!?

 いや顔を桃色に染めて口ごもるお嬢様はとても可愛らしいけれども!? これだけで一日分のお嬢様成分を得られるけれども!?

 こんな尊い方を穢すんじゃない!


「僕が言っているのは比喩などではなく文字通りのことです。性別が男から女に変えられちゃったみたいです」

「え……えええええぇ!!」


 本日二度目の絶叫。

 そうなる気持ちもわかります。僕だっていまだに何がどういうことなのかよくわかっていません。


「ザック王子は帰り際、僕に指輪型の神代魔道具アーティファクトらしき物を使用しました。避けること敵わず、気づけば身体が女の子の物になっていまして……」

「そんな……」

「元が元なので今こうしている分には大きな違いはないのですが、間違いなく今の僕は女の子です」

「神代魔道具で、ということはエスタは」

「おそらく勝手にもとに戻ることはないでしょう」


 悲痛。お嬢様は僕の報告に酷く心を痛められたようで、口を手で覆い涙を滲ませている。

 神代魔道具アーティファクト、それは強力な魔法が込められた道具であり主に古代の迷宮から発掘されるものだ。

 神代魔道具は現代の魔法とは一線を画する力を持っており、込められた魔法によっては国家間のパワーバランスを変えてしまう物もあるほどだ。

 そして何より、あの指輪に残っていた赤い残光は神代魔道具特有の反応である。

 だからあれが神代魔道具だと言えるのだけれど。


 困ったことに、神代魔道具の効果は基本不可逆的なものなのだ。

 有名な神代魔道具と言えば、例え掠り傷でも斬った相手を必ず殺す魔剣や都市を丸ごと聖域と化して魔物に対する絶対防護を与える宝玉がある。

 これらを筆頭に現在見つかっている神代魔道具は、発動した効果が永続するとされている。

 もしかすると途方もないほど長い時間効果が続くだけなのかもしれないが。


 何が言いたいかといえば。

 僕に掛けられた魔法がどのようなものであれ、時間を置けば効果が解けることはないだろうという事だ。

 お嬢様もそれをわかっているから、痛ましい顔をされるのだろう。

 

「どうしてザック様はそんなことをされたの? もしかして私のせい?」

「決してお嬢様のせいではございません。ただ王子は悪意を持ってことを為したと考えます」

 

 そうだ、お嬢様は何も悪くない。

 しかし王子が語っていた目的をそのまま伝えてしまえば、きっとお嬢様は自分のせいだと仰るだろう。

 気に病めば王子が付け入る隙を作ることになる。

 それは王子の企みに加担するも同義だ。だから決して言うわけにはいかない。

 

 ……ただわかっているのは、僕がお嬢様の傍仕えでありながらあるまじき油断をしたという事。

 油断が為にお嬢様がこうして心を痛められ、王子の企みが一歩前進することになってしまった。

 その責任を取らなくてはならないだろう。

 跪いて頭を垂れ、太ももに仕込んでいた護身用のナイフを取り出す。


「申し訳ございませんお嬢様、僕はあの王子に不覚を取ってしまいました。あの男が豚にも劣る下種畜生だとわかっていたのにいいようにされてしまうなど……お嬢様に仕えるものとしてあるまじき失態です。かくなる上は腹を切ってお詫びを「待って待って待って!?」むぎゅ」

 

 お嬢様の小さな手で口を塞がれる。

 勢いあまって口の中に少しだけ触れたところは温かくて、少し甘い味がした。

 ……お嬢様の手、いや手は汚してしまうから足を舐める犬になるのもありかもしれない。

 そんな雑念を知らず、お嬢様はぶんぶんと首を勢いよく横に振った。


「だ、駄目! エスタがいなくなるのは、絶対に駄目!」

「ふぃ、ふぃふぁふぃおふぉうふぁふぁ(し、しかしお嬢様)」

「駄目なものは駄目! お詫びなんていらないから!」

「……はい」


 ここまで必死に大きな声を出すお嬢様を見るのはいつ以来だろう。

 ずいぶんと珍しいことで、それだけ本気でお嬢様が僕の命で詫びることを求めていないという事だ。

 どうやら僕は詫び方を間違えているようだった。


「ではどのようにお詫びすれば……」

「あー、えーと、うーん」


 どうしよう、と必死にお嬢様は悩まれる。

 とても困った時にぶつぶつと小さく呟きながら思案されるのはお嬢様の癖だ。

 あまり良い癖とは言えないのだけれども、僕はそんな点さえ尊いと思うが故にプライベートな場では注意せずに見守っている。

 

「本当はお詫びなんて、むしろ私がしなきゃいけないくらいなのに。でもエスタはこう言い始めたら代わりに何かさせないと絶対に退かないし。うー、あぁうぅ……女の子、エスタが女の子に……あれ、ならエスタに色々できるってこと? あの服着てもらったりとか触ったりとか……えへ。でもでも、エスタは男の子で、やっぱりそういうのは嫌がるかもしれないし……」


 聞こえてしまっているとお嬢様は気付いているんだろうか。多分気付いていないのだろう。

 でも気付いた時の姿もきっと可愛いだろうから、教えないでおきたいなあなどと。

 益体もないことを考えながら見ていると、何かを閃いたという風にお嬢様が顔を上げられた。


「そうだ、エスタ――」


 その瞬間、僕は自分の側頭部を掌底で殴打する。


「エスタ!?」

「え、ああ、なんでしょうかお嬢様」

「急に自分を殴ったりしてどうしたの!?」

「いえ、戒めを頭に叩き込んでおりました」

「物理的すぎない!?」

「学びとは痛みを伴うものです」

「そ、そうなの?」

「そういうものです」


 実際の所は違う。

 先程の掌底は記憶を忘却させる魔法を込めたものであり、これによってお嬢様が呟いておられた言葉の内容だけを忘れさせたのだ。

 呟きながら悩むお嬢様の姿を愛でるのは良い、しかし無意識にお嬢様が漏らす心の内や考えを勝手に聞くなど言語道断。

 変態の極みであり紳士の風上にも置けない。

 故に姿だけを覚え、独り言の内容を忘れる。


 これによってお嬢様の姿を心に留めることと傍仕えとしてあるべき振る舞いを両立することが出来る。

 なんと完璧なことだろうか。

 ちなみに記憶を忘却させる魔法はこれをしたいがために覚えたものである。


「それで、どのようにすればよいでしょうか」

「あ、えっとね。そう、それなんだけど……」


 その瞬間僕が見た光景をどう形容すればよいだろうか。

 もじもじと躊躇いがちに人差し指を付き合わせながら、僕を下から覗き込むような上目遣い。

 そして桜色の唇から紡がれた言葉。


「エスタが本当に女の子になったのか、私に確かめさせて欲しいなって。だから、エスタ……エスタ? え? 気絶してる……えええぇ!?」


 その破壊力の余り、僕はお嬢様と言う天使に連れられて天に召されたのであった。


 ー完ー


「エスタ! 起きて! 起きてー!」

「何事ですかお嬢様? ああ、またエスタが発作を……」

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