第1章05話

 

 いろいろあったが、結局なんとかTABを発行してもらえた。


 職業は偽装された商人、レベルは1のままだ。



「ヤマトさん、これからどうするんですか?」


 ティナが心配そうに訊いてきた。

 

 この子、本当にいい子だな。


「いや、特に行く当てもないんだ」


「ヤマトさんのスキルの中に、【調理】ってありましたよね? どこかで料理の経験はあるんですか?」


「ああ。昔レストランでバイト……働いていた経験はあるんだよ」


「えー、そうなんですか? ちょうどロベルト叔父さんの店で、調理のできる人を探しているんです。一度訊いてみましょうか?」


「本当に? それは助かるよ。是非お願いできるかな?」


「はい。じゃあ早速行ってみましょう」


 ティナはポニーテールを揺らしながら、足取り軽く歩きだした。


 俺はティナの横に並んで一緒に歩いていく。


「ティナ。さっきTABを見せてもらったとき、【精霊使い】っていうスキルが見えたんだけど」


 俺は気になったことを訊いてみた。


「はい。スキルとしては持っているんですが、まだレベルが低いので使いこなせていないですね」


「ああ、そういうもんなんだ」


 なるほど、スキルが取得できてもレベルが低いと使えないわけか。


 ということはレベル=経験値っていうことだな。


「それでも虫とか小動物とか……生き物とは、お話ができたりすることもあるんです。例えば隣のロベルト叔父さんのお店には、ハエとか虫とかに入ってこないようにお願いすることがあります」


「それは凄いね」


 他の生き物と話ができるとか……まさにファンタジーだ。


「もともと母が高位の精霊使いだったんです。だから遺伝的な意味でスキルを持っているんだと思います」


「そうなんだね。でも、精霊使い……だった?」


 今はそうじゃないのか?


「母は……両親は二人とも5年前の大戦で亡くなりました。魔物たちの総攻撃と戦って。父も剣士としてはかなり腕が立つ方だったらしいんですけど」


 そうなんだ……俺はティナにかける言葉が見つからなかった。


 5年前、湧いて出てきたような大量の魔物がこのメントパーラの街を襲ってきたらしい。


 政府軍と街中の戦士や魔術師、僧侶や冒険者が総出で迎え撃った。


 激しい戦いの末、かろうじて政府軍が勝利。


 しかしその代償は大きく、大勢の犠牲者を伴ったという。


「だからロベルト叔父さんとエルザ叔母さんは、今の私の両親みたいな存在なんですよ。エルザ叔母さんは、ちょっと病気がちで心配なんですけど」


 ロベルト……あのガッチリした体格のオッサンは、亡くなったティナのお父さんの兄ということらしい。


 

 二人で歩きながら世間話をしているうちに、ティナの店に戻ってきた。


 俺たちは隣のロベルトさんの店に向かった。


「ロベルト叔父さん。この人……ヤマトさんは、飲食店で働いた経験があるんですって。叔父さん、人を探してたでしょ? ヤマトさん、どうかなと思って」


 ティナの話を聞いたロベルトさんは、俺の全身をジロジロと舐め回すように見てきた。


「確かに人手は欲しいけどな。お前、調理経験はあるんだな?」


「はい。レストランや居酒屋でバイト……働いた経験があります」


「……イザカヤっていうのがちょっとよく分からんが……わかった。ちょっとそこの野菜、切ってみろ」


 そう言ってロベルトさんは、厨房ちゅうぼうの野菜を指さした。


 そこには……キャベツ、玉ねぎ、大根のような野菜が置いてある。


 よかった。野菜はそれほど違いはなさそうだな。


 

 俺はさっそく厨房の包丁を借りて、キャベツを千切りにしていった。


 リズミカルにサクサクサクと切っていく。


 次に玉ねぎの縦横に切れ目を入れ、上からトントントンと切っていく。


 あっという間にみじん切りが出来上がった。


「ほう……やるじゃねーか」


 ロベルトさんは感心しているようだ。


 最後の大根は……ちょっと技術を見せるか。


 俺は大根を、薄く長いシート状にゆっくり切っていく。


 いわゆる「桂剥かつらむき」だ。


「おおっ、すげーな。そんなの見たことねーぞ」


 桂剥きにした大根を、今度は細い千切りにしていく。


 するとよく刺し身の横に置いてある「ツマ」が出来上がった。


 俺はそのツマを立てて、皿の上に盛り付けた。


 これだけでもサラダとして食べられる。


「うん、料理の腕はわかった。それはそうと……おめーさんはティナとどういう関係なんだ? ティナに近づいて、良からぬことを考えているんじゃねーだろうな?」


 ロベルトさんの表情が一気に険しくなった。


「叔父さん、違うわよ。ヤマトさんは事故にあって、過去の記憶がないの」


 横からティナが助け舟を出してくれた。


 そして俺が話したことを、ロベルトさんに説明してくれる。


「なるほど、そうだったんだな。よし、わかった。とりあえず今日一日、お試しで働いてくれ。給金はちゃんと払う。もう仕込みの時間だから……これから働けるか?」


「もちろんです。よろしくお願いします。ロベルトさん」


「ああ、よろしくな。ヤマト」


 

 俺とロベルトさんは、それから二人で仕込みの準備に入った。


 食材の準備をしている俺にロベルトさんの激が飛ぶ。


 俺は久しぶりの飲食店の厨房に、気持ちは高揚していた。

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