第1章08話

 

 俺はロベルトさんに、新しいメニューなんかも提案した。


 一番最初に作ったのは、マヨネーズだ。


 卵黄に油、酢と塩から作ったシンプルなものだ。


「おおっ! これ、イケるな」


 ロベルトさんにもウケが良かったので、早速店に出してみると客の評判もよかった。


 肉にも野菜にも、何にでもマヨネーズを付ける「マヨラー」客が増えていった。



「ロベルトさん。肉を串に刺して焼いたものを、店頭で売ってみませんか?」


 俺は次にそう提案した。


 店の外を往来する客を注意して見ていると、何かを食べながら移動している人たちが意外と多い。


 肉や野菜をナンのような丸い生地でクルッと巻いただけの簡素な食べ物なのだが、中の具がこぼれたりして案外食べにくそうなのだ。


 その点串焼きなら、片手で持ちながら簡単に食べられる。食べ歩きにはもってこいだ。それに店頭で焼けば、客の食欲もそそるだろう。


「肉を串に刺して……店頭で焼くのか? 面白そうだな。ヤマト、やってみてくれ」


 早速俺は店先に簡易のコンロ台をセットして、お昼時に串焼きを焼き始める。


 ジュージューと音がして、肉の焼けるニオイが辺りに広がった。


「お、なんだなんだ? いい匂いがするな」


「へー、肉を串に刺して焼いてるのか? 兄ちゃん、1本くれよ」


「はい、ありがとうございます」


 もの珍しさも手伝ってか、店の前には行列ができた。


 串焼きは飛ぶように売れ、中には2本3本と買っていく客もいる。


「おー大盛況だな、ヤマト」


 ロベルトさんが店先で串焼きを焼いている俺に声をかけてきた。


「そうですね。売上に貢献できれていればいいんですけど。これでエルザさんの薬草が買えますかね?」


「……お前、そんなことを考えて……ありがとな、ヤマト。助かるよ」


 

 エルザさんは今でも奥の部屋で休んでいる。


 あれからずっと薬草が手に入らないらしい。


 なんとか売上が増えた分で薬草が手に入ればいいのだが。




「ヤマトさんの串焼き、大人気じゃないですか。もう街中で噂になってますよ」


 4人揃って朝食を食べていると、ティナが嬉しそうにそう言った。


「ああ、本当だな。お陰で売上も随分伸びてるよ。昨日は久しぶりに薬草を買うことができたよ」


「ヤマト、ありがとう。お陰で今日は随分体が楽だわ。これならお店の手伝いも問題ないわよ」


 ロベルトさんとエルザさんからの言葉は、俺にはちょっとくすぐったかった。


「いえ、俺の方こそ世話になってばかりなので」


 

 そうは言ってみたのだが……実は俺は知っていた。


 ロベルトさんが昨日買ったエルザさんの薬草は、たった2日分の量だったらしい。


 ティナがそれとなく教えてくれたのだ。


 あれだけ売上に貢献しても、満足に薬草も買えない。


 それだけ薬草の値段が高騰しているということだろう。

 

 なんとかならないのか……俺はいろいろ思案をしながら、昼時に店頭で串焼きを焼いていた。


 すると……



「うまそうだな。1本もらえるかい?」


「はい、少しお待ち下さいね」


 一人の若い男性がやってきた。


 その男性は茶色の革鎧レザーアーマーを着て、腰に剣を刺している。


「あの……ひょっとしてお客さん、冒険者ですか?」


「ん? ああ、そうだよ」


 俺は串焼きを渡しながらそう訊くと、その男性も答えてくれた。


「あの……森に入るには、どうすればいいんですかね?」


「森に? まあギルドに行って登録すれば、森に入ることはできるよ。ひょっとして、君が入りたいのかい?」


「はい、そうなんです」


「でも君、商人だろ?」


「ええ。商人だと難しいんですか?」


「無理だと思うよ。基本的には冒険者とか剣士とか魔術師とか……自衛か攻撃能力のある者しか行けないことになってる。そうじゃないとギルドも安全管理上、いろいろとマズいだろうからね」


「……じゃあとりあえず、職業が冒険者なら行けるんですかね?」


「ああ、冒険者なら問題ないよ。ただしレベルに応じて、ギルドから『ここは危ないから行かないこと』とか言われることはある。まあ何事も自己責任だけどね」


「なるほど、そうなんですね。ありがとうございました」


 俺は丁寧にお礼を言うと、その冒険者は笑顔で立ち去っていった。




「よし。それなら森に行ってみるか」


 俺がこの店で働き始めてから、エルザさんの体調はずっと思わしくない。


 せっかく売上を伸ばしても、薬草は2-3日分手に入るのがやっとだ。


 だったら森に直接取りに行けばいい。


 もちろん魔物が多くて危険なのはわかっている。


 それでも世話になっている人が苦しんでいるのを、そのまま指を咥えて見ている方が俺にはよっぽど辛い。


 それに……俺はボロアパートからこの世界へ来る時に、チュートリアルで言われたことを思い出す。



『こちらが提示したミッションをクリアしていただければ、ふたたび現実世界へ戻ることが可能となります』



 もし今、『あのモンスターを倒して下さい』というミッションがきたらどうだろう。


 おそらく俺はワンパンでやられて死んでしまう。


 だからミッションが出るまでに、出来るだけレベルを上げておく必要がある。


 おそらく『串焼きを100本焼いて下さい』というようなミッションは出ないはずだ。


 

 つまりそれまでに、俺はできるだけ鍛錬しておかなきゃいけない。


 そういう意味で森での薬草採取っていうのは、とりあえず鍛錬の場所としてはうってつけではないだろうか。


「あとは、いつ森に行くかだよな……やっぱりお店の定休日がいいか」


 俺は串焼きを焼きながら、そんなことを考えていた。


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