第1章06話

 

 しばらくすると、店の奥から少しふくよかな女性が出てきた。


 多分ロベルトさんの奥さんだろう。


「エルザ、大丈夫か? 具合が悪かったら、今日は休んでていいぞ」


「ううん、少し治まったから。もうすぐ開店時間でしょ?」


 エルザと呼ばれた女性は、そう言って手伝いを始めようとする。


 だが……明らかに顔色がよくない。


「はじめまして、ヤマトっていいます。今日はお試しで働かせてもらいます」


「ああ、そうなの。よろしくね。わたしがこんな感じだからお店を手伝えないことが多くって……助かるわ」


「こちらこそ助かります。あの……具合が悪かったら休んでいて下さいね」


「ありがとう。その時はお願いね」


 エルザさんとそんな会話をしていたら、すぐに店の開店時間になった。


 お客さんがパラパラと来店してくる。


 エルザさんが注文を聞いて、俺とロベルトさんが調理担当だ。


 俺は主に野菜や肉のカットと、盛りつけを任された。


 1時間も経つと、俺の方も随分要領が分かってきた。


 やはり昔の飲食店での経験が生きているようだ。


「よし、ヤマト。焼き場の方を頼めるか? 肉を焼いてくれ」


「了解です」


 俺はロベルトさんと交代して、焼き場の前に立つ。


 コンロ台を見ると火が消えていた。


 なので点火スイッチを探したのだが……見当たらない。


「ロベルトさん、すいません。これ、どうやって火をつけるんですか?」


 俺がそう訊くと、ロベルトさんはキョトンとした表情で俺の顔を見た。


「ヤマト。お前、まさか基本的な火魔法が使えないとか、言わないよな?」


 火魔法? いやいや、使えっこないでしょ?


「えっと……使えないです。多分」


「お前、レベルはいくつだ?」


「あ、えっと……1です?」


「はぁ? 1だぁ? 悪い冗談はやめてくれよ。基本的な火魔法と水魔法が使えなくて、飲食店で働けるわけねーだろ?」


 ロベルトさんは不機嫌な表情を浮かべたまま、コンロ台に手をかざした。


 するとボワッと音がして、下の方で炎が上がるのが見える。


「本当は焼き方にあわせて火の調整が必要なんだけどな。まあとりあえずそれでやってみてくれ」


「わかりました。すんません……」


 俺はその後も怒られながらも、魔法を使う作業以外はすべて積極的にこなしていった。


 通常の調理や盛りつけだったら、俺にも簡単にできる。


 洗い物はロベルトさんとエルザさんが担当してくれた。


 どうやら洗い物も水魔法を使うらしい。


 いろいろとチートだ。


 お客さんはたくさんやって来たが、俺はなんとか閉店時間まで頑張ることができた。


 魔法ゼロの俺にしては、上出来だと思う。



「ごめん、ちょっと奥で休んでくるから」


 店を閉めると、エルザさんが俺たちにそう声をかけて奥の方へ入っていった。


 厨房から見ていても、具合が悪そうだったのは気づいていた。


「エルザさん、大丈夫ですかね?」


 俺は心配になったので、ロベルトさんに訊いてみる。


「ん? ああ、ヤマトもお疲れ。エルザはいつものことだ。オレも心配なんだけどな」


「どこか悪いんですか?」


「昔から心臓と肺が悪くてな。本当は高位魔法の使える医者に連れていきてぇんだが、なにしろ金がねえ」


 ロベルトさんは小さくため息を吐く。


「それでも薬草を買ってきて飲ませれば、随分具合は良くなるんだよ。でも最近その薬草も、べらぼうに高くなっちまってな」


「そうなんですね。どうしてですか?」


「なんでも薬草が取れる森に、最近魔物が増えてきて冒険者も取りに行きたがらないらしいんだ」


「魔物が?」


「ああ。だからギルドに薬草採取の依頼を出しても、腕の立つ冒険者しか行けない。取れる量が少なくなれば、値段だって上がっちまうだろ?」


「なるほど……でもどうして魔物が増えてきたんですかね?」


「わからねえ。ただ……なんだか様子が5年前に似てきているような気がしてな。オレは嫌な予感がするんだよ」


 5年前……ティナが両親を亡くした大戦のことだろう。


 その状況と似ているというのは、おだやかな話じゃない。


「ロベルト叔父さん、お疲れ様。あ、ヤマトさんもお疲れ様です」


 ロベルトさんとそんな話をしていたら、ティナがブロンドのポニーテールを揺らしながら店に入ってきた。


「ヤマトさん、お仕事どうでしたか?」


「ああ、基本的な火魔法や水魔法が使えなくて、随分迷惑をかけちゃったよ」


「いや、そうでもなかったぜ。さすがに経験者だけあって、調理や盛りつけは任せられたしな。ヤマト、よかったら明日からも頼めるか?」


「本当ですか? はい、是非お願いします!」


 よかった、当面の働き口はなんとかなりそうだ。


 異世界でも生活保護申請とか、しゃれにならないからな。


「ところでヤマトさんって……どこに住んでいるんですか? お家の記憶はあるんですか?」


「あっ……」


 そうだった。


 今日の宿のことを考えていなかった。


「まあなんとかしてみるよ。今まで野宿とかでしのいだこともあるしね」


「野宿だぁ? お前、正気か? メントパーラにはめったに出ねえが、街に魔物が出ることなんて珍しくないんだぞ。命がいくつあっても足りねえ」


「え? そうなんですか?」


 困ったな……宿を見つけるにしても、金がないぞ。

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