第1章03話


「それとスキルが剣術と調理と交渉力は分かるとして……なんだこの【職業偽装】って」


 俺は小学校の時から大学まで剣道を続けていて、一応二段の段位を持っている。


 それに大学のときはずっと飲食店でバイトしていたし、自炊もしていた。


 一通りの料理はできる自信がある。


 おそらく交渉力のスキルは、派遣でテレアポの仕事をしていたからだろう。


 俺は仕事では、結構成績がよかった。


 しかし結局派遣会社そのものが潰れてしまっては、なんの意味もない。


 

 俺が【職業偽装】にカーソルを合わせていると、【?】の記号がポップアップされた。


 多分ヘルプ機能だな。


 俺はその【?】を選択する。



『職業偽装:第三者にあなたの職業を偽装して見せることができるスキル。デフォルトでは商人になっていますが、いつでも変更可能です』



「なるほど、勇者であることを隠せる機能ってことか。まあレベル1で勇者です、って言ったって、バカにされるだけだろうし」


 それからも俺はカーソルをいろいろな所へ動かして、他の情報を得ようとした。


 しかし同じところをグルグル回るだけで、新しい情報は得られなかった。


 

 なんとか「部屋に戻る」とか「現実世界に戻る」といったコマンドを見つけたかったが、やはり見当たらない。


 まあ扉が消えた時点で、それは決定事項なんだろうけど。


「いずれにしたって、ブーンセスタとかいう異世界に行くしかないわけだな」


 俺は腹を括るしかなかった。


 どうせ現実世界にいたって、生活保護の受給者だ。


 これから楽しい人生なんて、望めそうにない。



「わかったよ。やってやろうじゃねーか!」


 俺は気合を入れて、【生活を始める】のコマンドを選択する。



『それではこれから、異世界生活がスタートします。ご幸運をお祈りします』



 そのメッセージが出現すると同時に、まわりの白い景色が少しずつ変わり始めた。


 濃い霧が晴れていくように、少しずつまわりの景色が見えてきた。


 

 三角屋根に茶色や黄色の中世ヨーロッパ風の建物。


 これから舞踏会にでも行くのだろうか。


 着飾った貴婦人とそれをエスコートする紳士。


 野菜をたくさん担いで歩いて行く行商人。


 そして……俺の足元は石畳の道。



「おいおい……」


 にわかには信じられないが、そこは間違いなく……俺がラノベやアニメでよく見た「異世界」の風景だった。



「おいっ! どけっ! 危ねえぞ!」


「へっ」


 後ろから大声をかけられる。


 俺が振り向くと……大きな馬車がまっすぐこちらへ突進してくるところだ。


 俺はあわてて馬車を避けたが、その拍子につまずいて転んでしまった。


「なにやってんだ馬鹿野郎! 死にてえのか!」


「あ、はい、すいません」


 俺は道の横で尻もちをついたまま、走り去っていく馬車の御者にいちおう詫びを入れる。


 いきなり道路の真ん中に出現って……もう少し安全な場所に出してくれよ。


 配慮ってものがないのか?


 俺がのろのろと立ち上がったが……いてててっ、ころんだ拍子に右手の甲を擦りむいちまったようだ。


 まあそんなに血も出てないから、大丈夫だろう。


 さてと……これからどこへ行けばいいんだ?



「あのっ、大丈夫ですか?」



 俺はその可愛らしい声に振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。


 


 小さめの顔の輪郭に、パッチリとした二重瞼に青い瞳。

 

 肌はまるで真珠みたいに、透き通るような白さだ。


 シュッとした形のよい鼻筋に、西洋人らしい少し掘りが深い顔立ち。

 

 きれいなブロンド色の髪をまとめて、ポニーテールにしている。

 

 

 うわー、めっちゃ可愛い……海外のアイドルでも、俺はこんなに可愛らしい美少女は見たことがないぞ。


 多分まだ10代の子じゃないかな?


 白いブラウスに胸元には赤いリボン。


 ロングスカートに、腰から下には白いエプロンをつけている。

 

 そんな美少女が、心配そうに俺のことを見てくれていた。



「ああ、大丈夫。馬車に引かれそうだったけど」


「あ、でもここ、擦りむいてますよ。痛くないですか?」


 その子は俺の手の甲を指さして、心配そうにそう言った。


「大丈夫大丈夫。こんなのツバをつけときゃ治るから」


「ダメですよ。ちゃんと手当てしないと。ちょっとこっちに来て下さい。私のお店、そこなんで」


 美少女に腕を引っ張られ、俺は「彼女の店」と言われたところに連れて行かれた。


 中に入ると、洋服がたくさん吊るしてある。


 どうやら洋服店のようだ。


「ちょっと手を見せて下さい」


「えっ? いや、大丈夫なんだけど」


「ダメです。悪い疫病にかかったら、どうするんですか? いいから見せて下さい」


 俺がしぶしぶ手の甲を見せると、彼女は片手で俺の手を取り、もう片方の手を俺の手の甲の上にかざした。


 すると……俺の手の甲が、じんわりと暖かくなってくる。


(な、なんだこれ?)


 彼女の手から、なにやら温かくて包み込むようなぬくもりが、俺の手の甲に向けて注ぎ込まれている。


 そんな不思議な感覚だ。


 1分ほど、そうしていただろうか。


「はい。私の力では完璧には治せませんけど……随分良くなったと思います」


 俺は自分の手の甲を見てみると……さっきの擦り傷は、ほとんど治っていた。


 わずかにまだ色が変わったところがあるぐらいだ。

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