第1章02話

 

 ネットカフェに泊まる金もない。


 仕方なく公園で野宿する日々。


 そんな中、山内さんが声をかけてくれた。


 まさに救世主だ。



「とりあえず住むところは見つかったし……バイトでもいいから、先ずは仕事を見つけないとな」


 カップラーメンを食べ終えた俺は、そんなことを考えていた。


 改めてこの部屋を見渡す。


 古い畳の匂いが漂う部屋の隅には、布団が一組。


 そして布団の横には、なぜかバカでっかい「掛け軸」がかけてあった。


「なんで掛け軸なんだよ。しかも『一球入魂』って……」


 大きな掛け軸には力強い毛筆で「一球入魂」と書いてある。


 もはやギャグだろ。


 俺は野球に興味はないので、その掛け軸を見ていると何故か無性に気分が悪くなってきた。


 俺は立ち上がり、その掛け軸の前に立つ。


「前の住人が、野球バカだったのか?」


 俺はその掛け軸を手にとって、めくってみると……



「ん? なんだこれ? 収納スペースか?」



 その掛け軸の裏には、小さな開き戸のようなものが隠れていた。


 黒いツマミが付いていて、それを引いて開けるようだ。


「へぇー……なんか、隠し金庫みたいだな」


 金持ちの家だったら、掛け軸の裏の隠し金庫というのもアリだろう。


 しかしここは、生活保護受給者の宿泊施設だ。


「どれぐらいの大きさなんだろうな」


 俺は興味本位で、その黒いツマミを引いてみた。


 すると「カチッ」という似つかわしくない金属音が聞こえた。



 俺は中を覗き込むと……そこは当然ながら暗闇だった。


「全然見えないな……えっと、スマホはどこだ? ああ、あった」


 俺は山内さんの事務所から一時的に借りているスマホのライトを使って、中を照らしてみる。


「あれ? 中は結構広いな。ちょっと入って見てみるか」


 俺は大人が腰を折ってやっと入れる大きさの扉をくぐり、中に入った。


「なにかお宝でもないかな。いや……逆に幽霊とか出たりして」


 俺は携帯のライトで中を照らしながら、ゆっくりと立ち上がった。


 頭が当たることもなく、大人一人が十分立てるぐらいのスペースが確保されていた。



 その刹那。


 俺の背後で「パタン」と扉が閉まる音がした。



「えっ?」


 そして次の瞬間……その暗闇のスペースが、白い光に照らされるように一気に明るくなった!


「ちょっ、えっ?」


 俺は眩しさで目を細めた。


 まるでいきなり白い蛍光灯に、全身を照らされているかのようだ。


「な、なんだこれ? こっわ! ちょっと怖いんだけど!」


 俺はすぐさま振り返り、扉を開けて部屋に戻ろうとした。


 ところが……


「え? 扉はどこだ? ない! マジでない! なんで!?」


 俺はパニックになった。


 いま入ってきたばかりの扉が消えて無くなっている。


 え? どういうこと?


 

 俺は思わず周りの空間を見渡した。


 白い明かりに照らされたようで、ものすごく明るい空間だ。


 ただ深い霧に包まれたように、白以外は何も見えない。


 言ってみれば「白の空間」だ。


 ちょっと、なんだこれ? マジで怖いんだけど。


 そんなパニック状態の俺の脳内で、「ピコン」という電子音が鳴り響いた。


 そして同時に……突然俺の目の前に、文字が浮かび上がった。




『ようこそ、ブーンセスタの世界へ』


【生活を始める】【チュートリアル】




「うわっ! なんだこれ?」


 文字が宙に浮いてるぞ! どういうこと? ホログラム・スクリーンみたいな感じなのか?


「【生活を始める】【チュートリアル】って……これって、選択肢だよな? ゲームでも始めるのかよ」


 とりあえず何が起こっているのか知りたい。


 ここはとりあえず【チュートリアル】を選択して説明してもらわないと。


 でも……どうやって選択するんだ?


 

 俺はおそるおそる指を伸ばして、空間に浮いている【チュートリアル】の文字を触ってみた。


 するとピコンと音がして画面が変わった。



『寺坂さん。あなたにはこれからブーンセスタという異世界で生活をしていただきます。生活の途中でこちらが提示したミッションをクリアしていただければ、ふたたび現実世界へ戻ることが可能となります』



「なんだこれ? やっぱりゲームか何かのようだな」


 画面の右下に【次へ】と書かれている。


 俺はそれを指でタップする。



『このスクリーン画面は寺坂さんご自身の設定画面です。『設定』と念じていただければ、いつでもこの画面が出現します』



「『設定』ってダサいな。そこは『ステータス』とかじゃないのかよ」


 俺は昔読んでいたライトノベルを思い出していた。


 とりあえず画面の【次へ】をタップ。



『カーソルモードを使用すれば、画面にカーソルが出現します。視線でカーソルを動かし『選択』と念じていただければ、その項目を選択します』



「カーソルモード?」


 俺がそうつぶやくと、画面上に矢印のカーソルが出現した。


 その矢印は俺の視線と同調して動いている。


 なるほど、これなら指でタップする必要がないわけだ。


 俺は画面上の【次へ】にカーソルを合わせて、「選択」と念じた。


 すると画面が切り替わる。



『それではこれから生活していただく寺坂さんの、異世界でのステータスを表示します』



 名前:ヤマト・フォンマイヤー

 職業:勇者(商人)

 LV:1/100

 スキル・アイテム:【剣術】【調理】【交渉力】【職業偽装】



「これだけかよ……フォンマイヤーって、日本人じゃねーな。職業:勇者(商人)って、どういうこと? それに……レベル1? 意味がわからん」


 こういう時って、普通は勇者:LV9999とかで無双パターンだよな?

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