ありがとう。


廃線の駅舎。
繁盛していないカフェ。

雰囲気のある舞台設定です。
わたしには、彩度をおとした緑と、枕木に揺れる白い花まで見えました。

それで、すすんでもいい。
そのまますすんで、静やかに時間の色を描写して、やがて日没のように、す、と、物語の幕が降りる。そうであっても、わたしは、このおはなしに上手に這入り込むことができたと思います。

でも、ちがった。

さっきから、上手にことばがでてこなくて。
この感情、ありがとう、ってことばに近いのだけれど。

時間の向こうから、知らない情景の果てから。
思い出して、招んでくれて、ありがとう、って。
招んで、もういちど、命を与えてくれて。

いえ、わたし、登場していません、おはなしに。
でも、そうなんですって。
だれしもの胸にある、もう、かたちの無くなった、物語。
ずっと向こうにおきっぱなしになっていた、大切な記憶。

呼び出して、見せてくれて。
こんな優しい、きれいなおはなしのなかで。
ありがとう、って。

わたしの祖父は、炭鉱のひとでした。

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