第10話
ぶよぶよとした肥満体のヒトもどきたちは肉を揺らし、肩に同胞の一体を乗せながら歩いている。彼らはホーム脇の会談へと殺到し、肉と肉とをぶつけている。さながら大名行列のようで、肉塊から十分な距離をとっても彼らの行進を見失うことはない。
階段を上った彼らは通路をまっすぐに進む。やはり、同様の目的地があるらしい。その目的地とは一体何なのか。
そもそもここは一体どこなのか。ずっと昔に廃駅になったというのはわかるが、これすらも、あの化け物たちの模倣という可能性を、俺は否定できないでいる。
それなりには広い通路をまっすぐに進んでいけば扉がある。普通のスライド式の扉ではなく、自動ドアでもない。木製の重厚そうなドアは映画館やライブハウスのそれを彷彿させた。
その中へと彼らは次々消えていく。扉の先に何が待ち受けているのか、外にいる俺からはわからなかったが、扉に手をかけて、そっと半分ほど開けて中をのぞき込む。
扉は頻繁に開閉されているのだろう。おんぼろな見た目とは裏腹に、軋むことなくスムーズに開いた。
五センチほどの隙間から見えたのは、広い空間。駅のホームほどは広くはなく、正面は開けており、下へと続く階段でもあるのか、白い頭がちいさくなっていった。映画館のようになっているのだろうか。
扉の隙間を広げ、中へと滑り込む。鼻をつく、すえた臭い。汗臭さとともに鉄臭くもある。
中はやはり映画館のようになっていた。視線を先に向ければ、スクリーンだったものの上方がちょっとだけ見える。それ以外は、扉付近からはわからない。
ただ、もぞもぞうぞうぞ、無数の物体と大質量の物体が小刻みに動いているのがなんとなくわかるという程度。もっと近づかなければ、あいつらが何をしているのかはわからない。
だが同時に、俺の本能とも呼ぶべきものが、近づくのを拒絶していた。この先にはいかない方がいい、絶対に後悔するだろう――そんな確信めいた感覚とともに、体もまた恐怖にあてられたように震えていた。動くのが困難になるほどの恐怖を感じたのは、いつぶりのことだろう。この手の仕事をはじめてからは記憶になかった。
しかし、恐怖はあれど動けないわけではない。特殊部隊所属という関係上、恐怖心に苛まれてもなお動けるように教育は受けている。
アラームのように鳴り響く恐怖を無視して、俺はやっとのことで足を動かし、階段のすぐそばまで向かう。道すがら見えた無数の階段と、無数の椅子だったもの。ここが映画館だったのは紛れもないものとなった。
だが、それらを覆いつくす、あれはなんだ。映画館には似つかわしくないもの。いや、人間社会どころか、動物が闊歩する手つかずの自然の中でさえも存在してはならないような奇妙で醜悪な生き物が、そこには横たわっていた。
それはそいつを形容する言葉を知らない。言葉にすることもはばかられるような悪趣味な形。
似ているものといえば、時に追いかけ時に踏みつぶしてしまった白いクモだろうか。だが、そいつの体長はクモよりもずっと大きい。車よりも大きく、下手したら戦車よりも大きいかもしれなかった。
ぶよぶよとした巨体を支える無数の足はダンゴムシを連想させる。それは空に浮いているにもかかわらず、動いていた。
何よりも恐怖を生理的嫌悪感を抱かずにいられないのは、その血の気のない脳みそのような体についていた目と思しきものだろう。
それは、楕円状をしており、俺のことをじっと――。
俺は無意識的に叫ぼうとしていた。心の中に沸き上がった、いまいましい存在への恐怖を、狂気を外部へと吐き出そうと。
その直前、俺の口は何者かによってふさがれた。そいつが何者なのか、いやそれどころか抗うこともできずに、俺は引っ張られた。
映画館の扉が、閉まる。少し離れたところでようやく手が離された。
振り返ればそこにいたのは、都寺隊長であった。
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