古き地下鉄にうごめく蟲
藤原くう
第1話
東京の地下には秘密の通路がある。
そんな話が巷で囁かれるようになったのは、地下鉄内連続行方不明事件のことを警察が公にした頃だった。
地下鉄内連続行方不明事件。その長ったらしい文字の羅列からわかる通り、地下鉄内で行方不明になる人間が続出するという事件だ。
被害者は二十四名。その数は現在進行形で増え続けている。
秘密の通路と行方不明事件。
一見するとつながりなんてなさそうな二つの裏には、超自然的なラインが確かに結ばれていたのである。
俺たちが件の秘密通路へ侵入したのは、地下鉄を走る鋼鉄のネズミがやっと動きを止めた頃。それでも地下鉄はせわしなく動き続けている。
ゴトゴトという保守作業用の車両の動く音と、真昼のような光。レールを点検していると思われる作業員の足音……。
雑多な環境音を遠くに聞きながら、霞ヶ関駅のホームから都寺隊長の後に続いて飛び出す。
「ここから連絡線までダッシュ」
「了解」
音もなく線路へ飛び降りた隊長は迷うことなくトンネルを駆ける。ホームの隅の監視カメラが俺たちの方を向いていたが、その機能のほとんどは事前に停止してある。
小さく華奢な影を追いかければ、道が2つに分かれる。この、千代田線と有楽町線を結ぶ連絡線へと俺たちは侵入していく。
ゆるくカーブした線路の向こうには何もいない。
俺と隊長は体を低くしながら、慎重に進む。今この瞬間、ここを使用する列車が存在しないことは確認済みだったが、万が一ということはある。
幸いなことに、人っ子一人やってくることはなく、目的の扉が見えてきた。
それは秘密の通路へつながる扉にしては、あまりに地味な扉だった。ゆるく湾曲したカーブの途中にあるのが目につくくらいで、形はホーム構内で見るようなありきたりなもの。関係者以外立ち入り禁止という表示が、そっけなく書かれている。
「なんか普通っすね」
「普通じゃないと困るの。ここ、メトロの職員も使用するし」
隊長は扉に近づいていく。俺はそれに続く。
近づいてみても、平凡な扉にしか見えないが、コンコンとノックしてみると通常のものよりも硬質な音が返ってくる。鉛の扉か潜水艦の扉みたいに分厚いのではないか。
「ブリーチングだったら手間でしたね」
一応、バックの中にはプラスチック爆弾も入っている。扉を強引にこじ開けたり、がれきを吹き飛ばすためのものだ。それほど量があるわけじゃない。
「大丈夫。カードキーは借りてきてるから」
扉には今どきのセキュリティらしく、カードリーダーが備え付けられていた。都寺隊長が懐から取り出したカードをかざせば、ピッと音がする。
少し遅れて、ぶしゅーっと空気が抜ける音。ガタン。錆びついた機械が軋みを上げて動く。参加したオイルの、何とも形容しがたい臭い……。
ガチャン。ひときわ大きな音が、寝静まったメトロに響いた。
「開いたみたいだねえ」
「入りましょう。いつ気が付かれるかわかりません」
「だね」
都寺隊長はリュックを背負いなおし、扉を開いた。ゆっくりゆっくりと見た目だけは最新の重厚な扉が動いていく。
開かれた先には、不吉な空気がよどむ、闇が広がっていた。
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