第13話

 都寺隊長が援護射撃をする中を、ただひたすらに走る。


 地下鉄迷宮にこだまする発砲音。マズルが光る。排出された空薬莢が宙を舞い、カランカランと音を立てた。


 だが、迷宮は前よりもずっと静かだ。俺たちが騒いでいるからなのかはわからない。だが、逃げ始めてからというものワープ現象に巻き込まれていない。


 まるで、俺たちをここから出さんと、迷宮が突きつけているかのよう。


「十中八九、かの神の仕業だろうね」


「ですよね。どうします」


「ふむん」


 隊長は、走りながらリロードする。背中のリュックからひねり出した4.6ミリの弾丸がみっしり詰まったマガジンは、隊長のズボンへねじ込まれたもので最後。射撃間隔は広がっており、ものものしい音はかなり近くに聞こえる。


 追跡者との距離はじりじりと近づき始めていた。


 このままではいずれ捕まってしまうだろう……これは、先ほどの恐怖を駆り立てるようなものではない。客観的事実である。


 体感では結構走ってきたつもりだ。だが、景色は変わっている気がしない。同じようなコンクリートの壁。同じような線路。同じところを延々走らされているような気さえした。あの神が、俺たちを閉じ込めて逃がさんと迷路を書き換えているのではないか。


 だが、隊長は首を振った。


「あの感覚がしないからそれはないと思う」


「宙に浮くような、ワープの瞬間の……」


「ワープ。それいいね。私たち、ワープしてないもの。だから、地下迷宮の中心からそんなに離れられていないのかも」


「じゃあどうすれば!」


「落ち着いて。あなたが疲れちゃったら、終わりなんだよ?」


「…………」


 隊長の言う通りなので、俺は何も言えなかった。


 しばらくの間、俺と隊長は無言でただひたすらに走る。その間も、追っ手は憎らしげな咆哮を上げて、俺たちの気勢をそごうとしてくる。


「どこかにワープゾーンみたいな場所があると思うのよ」


「ワープゾーン?」


「うん。どんな力でワープが生み出されてるか知らないんだけど、そこには何かしらの現象が関わっている。例えば、魔法とかね」


「魔法……」


 久しぶりに聞いたその単語を、俺は否定することができない。過去の事例に魔法が使用されたという痕跡は確かにある。


 物理原則とは別体系の原則。デルタグリーンやSAS内部に新設されたという部隊もそれを理解し、危険があれば対処へ向かう。


 俺たちもまた、そんな数少ない人間の一人である。


 だがしかし。


「そんなもの本当にあるんでしょうか」


「問題はそれ。ワープゾーンがあるという確証が、私たちからは得られないってこと」


 そこまで言って、隊長はアッと口にした。


 見れば、目を丸くさせている。自分自身で驚いているかのような。


「そうだ。彼らは地上の人間を誘拐している。つまり、ここからある特定の地点にたどり着く方法があるってことだよ。つまりそれがワープゾーンかも」


 言うなり、隊長はコンパスをぎゅっと握り締める。首からぶら下げられたそれが、ぼんやりとした光を放つと、重力に逆らうようにして浮かび上がった。俺の前方を走る隊長の右斜め方向へ、所有者たる隊長を引っ張るかのように。


 目前には十字路。


 俺たちは迷わず、右へと折れた。


 そうして、ぎゅっと隊長がコンパスへ祈るたび、答えるように淡く発光し、身をもってその道のりを指し示した。


 たどり着いたのは、長い直線だった。


 どこまでも光が伸びて、遠くの壁を丸く照らす。最初に頭をよぎったのは、不確かなコンパスの指示に従った後悔。


 だが、隣を走る都寺隊長はそうじゃない。いささか、顔を青ざめさせ、感情を失ってはいたものの、目には未だ強い輝きがあった。


 隊長は信じている。握り締めたコンパスを。


 俺は、その摩訶不思議なアーティファクトを信じることができない。だから、隊長のことを信じることにした。


「隊長! 援護射撃してください!」


「何するの!」


「C4を使います」


「でもそれじゃあ、ここを破壊するには――」


「それでも足止めくらいには」


 このまま奥へと走りこめば、おそらくはもとの空間へと戻れるのだろう。そこは前提条件として、このままでは、追っかけてきているやつらさえもついてきてしまう。そうしたら、地下鉄内は大混乱。坑内を走る電車とぶつかりでもすれば、大事故はまぬかれないし、犠牲者が大勢出てしまう。――それに、電車がぶつかったくらいで、あいつが倒れるとは不思議と思えなかった。


 ここで、何とか食い止めなければ。


 キッと後方を見やれば、巨体を揺らしイノシシのごとく一直線に向かってくる神様。どこが顔かもわからないようなでっぷりとした体形だが、目だけははっきりとわかる。爛々と怒りに燃える瞳が、俺たちのことをしかと睨みつけていたから。


 隊長は何か言いたげにしていたが、やがてコクリと頷き、速度を落とす。そして振り返り、銃をぶっ放す。


 パラパラという音と虫達の断末魔が聞こえている間に、俺は女性を下す。それからリュックを降ろして、C4と信管、ケーブルを取りだす。ケーブルにはカバー付きのスイッチがついている。逆側のコネクタを信管に、さらにその信管をC4へ突き刺す。


 ぐるぐる巻きになったケーブルを伸ばしている間に、銃声が鳴りやむ。


「終わりよ」


「こっちも終わりました」


 プラスチックでできた粘土みたいな爆弾を、放り投げる。


 それから女性を担ぎ上げ、奥の方の壁へ後ろ歩き。


 迫る化け物。


 スイッチにかかる指がじれったそうに震える。だが、まだだ。まだ、まだ……。


 今。


 かちり。


 スイッチを倒す。


 次の瞬間、目の前で爆弾がさく裂し、神を、その子を、そして俺たちを吹き飛ばした。

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