第11話
俺は、思わず呆然とした。いなくなってしまった都寺隊長と、こうもあっけなく再会できるだなんて思いもしなかった。
びっくりしたが、それよりも隊長の身に何が降りかかったのかが知りたくて、いろいろな質問をぶつけようと口を開こうとした。
だがそれを隊長の手が制した。
「言いたいことがあるのはわかる。だから、私から説明させて」
有無を言わせぬ口調に戸惑っていた俺はこくこく頷く。
ふうと隊長が息を吐く。久方ぶりに見た隊長は肩を落とし、いつもよりかは元気を失っているように見えた。精神的あるいは肉体的な疲労を、俺と同じように被ってきたに違いない。
「あの化け物は、ここら一帯を迷宮に変えているわ」
「化け物って、小さな……」
「いや」隊長の指が、いまいましい映画館の扉を指す。「あそこにいる巨大な化け物。確か、イギリスで信仰と畏怖の対象となっている神だったかしら」
「神……」
あの醜悪でおぞましい肉の塊が、神様。先ほどの光景を思い出そうとした俺の頭は、頭痛と引き換えに、俺が知っている神様がその姿を現わす。人間のような形をしており、均整の取れた肉体美をこれでもかと見せつけている。
「あんなのが神様なのか」
「少なくとも、あれを進行している人間はそう思っている。迷宮の神、とね」
迷宮の神。
その言葉を聞くと、すとんと腑に落ちた。複数の使われていない地下鉄が、無秩序につなぎ合わせられ、迷路のような複雑な構造をなしているのか。どうして、そうなってしまったのか。
「だが、どうして地下鉄に? 迷宮を構築するなら地下鉄じゃなくてもいい。鍾乳洞とか、確か、ヨーロッパにはカタコンベというものがあるとも聞いたことがあります」
「ここからは、私の推理に過ぎないから、話半分に聞いてちょうだい」
「話半分でいいんですか」
「……正直なところ、わたし自身、見たものが信じられない――信じたくないと言ってもいい」
「…………」
「あなたは行方不明になった方たちを発見した?」
俺は首を横へ振った。この魔法のような迷宮に迷い込んで、人間には遭遇していない。人間もどきなら見つけたが、あれをヒトとするのはあまりに乱暴だし冒涜的だ。
「それは不幸中の幸いだったね」
「行方不明者って、やっぱりあの事件が何か関係してるんですか」
「あいつ――神は、信者を求めたの」
「自らを崇めさせるために、ですか」
「そ。で、神様の忠実なしもべ――いや、子どもたちはヒトに成り済まして地上へ、つまりは地下鉄へと出ていった」
「それが地下鉄連続行方不明事件」
都寺隊長が頷いた。
「問題は、事件の被害者はここにいるってこと。ここで何をされていたか――神が何を求めたかわかる?」
「そりゃあ信仰を強要したんじゃないですか」
宗教間の争いにおいて、他宗教の徒をひっ捕まえて改宗させるということはそれなりに起きている。宗教だってアイドルとかスーパーみたいに、顧客獲得に必死なのだ。
俺の答えに都寺隊長は「それもある」と答えた。
「でも、ほかにもある。彼らは誘拐してきた人間に種を植え付ける」
「種……」
「触手を突き刺して、自らの子を注入するの。犠牲者は腹部が膨らんで――」
俺は手を振った。それ以上は聞きたくなかった。隊長は俺の顔色を見てか、口を閉ざす。
だが、脳裏をよぎったのは『エイリアン』のワンシーン。寄生された人間の腹部を引き裂き飛び出す異形の存在……。
それと同じことが起きている。スクリーンの中ではなく、この現実で。
にわかには信じられないようなことではあったが、隊長の表情には普段は見られない陰が差していた。
「どうすることもできないんですか」
「何も。私には見ていることしかできなかった。たぶんだけど、注入されたら外科的処置を試みないとダメかも」
「そうですか……。あいつを倒すことは?」
「神様かもしれないという点は抜きにしても、あの巨体に致命傷を与えるには相応の武装が必要だと思うね。戦車とか、対地ミサイルとか」
「C4は?」
「手持ちの量じゃちょっと。それに、正面切って戦いたくはないよ。あの子供たちが一斉に襲い掛かってくるってことだから」
「武器も持ってますもんね。どこで手に入れたのやら」
俺と都寺隊長は、渋い顔を突き合わせる。腕を組んでこれからどうするかを考えてみる。
神様とその子供を撃退する方法はない。
神様に忌むべき子をはらまされた犠牲者を助ける方法は、現段階では存在しない。
だとすると――。
「脱出ルートの確保は?」
「まだ。だけど、たぶんこれが役に立つと思う」
隊長が懐から取り出したのは、奇妙な文様が施されたコンパス。その文様というのは、なんというか星形の形をしており、ゲームに登場する魔法陣のような代物であった。
「これね、この間、アメリカ行ったときに渡されたものなんだけど、魔を退けるんだって」
「魔を退ける?」
「あ、信じてないでしょ。私、これのおかげでショゴ――いや、なんでもなくて。とにかく助けられたの」
でね、といいながら、隊長はその命の恩人だと話すコンパスを手のひらの上に乗せた。赤い針がくるくると回転し、一点を指さす。
「これは望んなものの魔力を吸って、向かうべき場所を指し示す」
「はあ……じゃあ、それを使えばここから脱出できるってことですか」
「そういうこと。少し休息をしたら、行きましょうか。今なら、神の子たちの大部分がここに集まっているから、脱出にはうってつけよ」
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