第2話 隣の席の橋本さん
席替えは、昨日の5限、すなわち最後の授業だった。だから会話はそれほどで良かった。けど、今日からはそうも行かない。少なくとも授業中のペアワークは隣にいる橋本さんとしなければいけない。僕に耳を傾けてくれる人という点を考えるなら他の人とやるより断然やりやすいと思う。だけど正しい接し方がわからない以上どうしようもない。長く人と話さなかった付けが回ってきたんだろう。なんてことを一時間ずっと考えていた。動揺している自分に驚いたけど、仕方ないだろうと納得もした。
『なんでよ』
この言葉を言われた意味がわからないのだから。ヘアゴムを取ろうとしたのは橋本さんが周りから何もされないようにするためで、それはつまり橋本さんのためだったのに。こうして考えると自分の髪に意識がいってしまう。
キーンコーンカーンコーン。
一限目の終わりの知らせだ。ノートに何も取れていない。幸い、得意な数学だったし、提出はないから助かるけど、これがまだ続いていくと思うと……。いや、続かせるわけにはいかない。
「
「こ~くん!」
こう、香。香は僕だ。右隣から声がした。
「は、橋本さん? どうしたの?」
髪で目立ってると思って影を潜めてたのに。
「橋本は好きじゃない。雫って呼んで」
「雫さん? どうしたの?」
「し・ず・く!」
彼女にまた気まずそうに言われ悩んだ
「し、雫、ちゃん?」
「よろしい! ギリギリね。同級生なんだからタメで、もっと気楽でいいのに」
「ど、どうしたの?」
「髪」
「髪?」
「誰に結んでもらったの?」
ああ、そういうことか。結局橋本さんも僕をからかいに来たんだ。
……いや、違う。待ってくれてる。静かにこっちを見て僕がなんて答えるかを待ってくれてる。僕は待ってくれてるのを知って焦りながら答えを探した。
「自分で……。自分で結んだ」
「そうなんだ! 普段からそういうことするの?」
そりゃ、そうだよ。彼女の反応は正しいさ。嫌われちゃったかな。そうなると思って長らく髪を結んだりはしないでいたのに。言い逃れは出来ない。今日の髪型はポニーテールとかではなく三つ編みだ。そこまで高度な髪型でこそないが、男子が興味本位でやる範疇はゆうに出ているだろう。それに普段から髪を伸ばしていたし、どんな風に思われていたとしてもおかしくない。また同じなんだ。同じことの繰り返し。似合うって、言われたのがうれしくて。数秒の沈黙で彼女に先に口を開かせてしまった。
「ふふ。見てみたいな、香くんの他の髪型」
びっくりした。うん。びっくりした。やっぱり橋本さんの考えは僕にはよくわからない。何か言わなくちゃと必死に口を開いた。
「きょ、今日はなんでその髪なの?」
彼女はお
「えへへ、可愛い?」
「う、うん。かわいい」
「今日から午後、体育祭練習でしょ。走ってるときに髪揺れるの嫌なんだよね」
そういえば橋本さんは陸上部に所属していたはずだ。走るのに慣れている人だから髪とかの細部にもこだわりがあるのかな。そうか、午後は体育祭練習か。本番は来週だったはず。
「香くんは運動苦手?」
察したのか、そう聞いてきた。
「うん、苦手。だから、体育祭も好きじゃない…かな」
短い会話だけど、おかげで言葉のつっかえがなくなってきた気がする。
「ねー、明日空いてる?」
唐突に話題が変わってまた驚いたけど、どうせ橋本さんの考えなんて僕には分からないから素直に答えた。
「よ、用事はないよ」
「じゃあ、遊ばない?」
ついに、橋本さんの考えが全くわからなくなった。でも、こう返事していた。
「い、いいよ」
つぎの授業のチャイムがなって現実に戻された。この感覚も久しい。たった十分の休み時間の会話とは思えないほど僕には濃密で充実した時間だった。
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