第8話 おまじない

 真正面から向かい合う形になってしまい、すぐに気づかれた。香くんは驚いた表情でこちらを見つめている。

「橋、、、しずくちゃん! どうしてここに?」

「私、あなたのお姉ちゃんだからねー」

 彼の姿を見てほっとし、少し茶化してそう言うと、彼は涙をこぼしながら私に抱きついてきた。少し前まで、彼はこんなに感情の豊かなだとは思わなかった。常に外側から観察している冷静な人だと思っていた。私は彼の頭をやさしくでることに集中した。私より一回り小さいその背丈が相まってやはりこの前と同じ様にどこか妹を感じてしまう。

「どうしてここにいるの?」

 今度は私からたずねた。香くんによると、弁当を取り出そうと立ち上がり椅子に向きあってかがんだら、椅子の上に陽貴はるきくんが座ってきたから、椅子の下のリュックに手を伸ばし、そのまま場所を探して逃れてきたのだと。それだけ聞けばなんとなくわかる。白組のはずの陽貴くんはさっき見た感じ何人か引き連れて来て紅組で昼食を摂っていたから、椅子に座って食べようと思えば人の席を奪うしかなかっただろう。そして香くんは奪われ、座るところがなくなって逃げてきたのだろう。私はどうしようかと考えていると、里美さとみの言葉を思い出した。

「香くんさ、午後の徒競走、陽貴くんと走るんでしょ。勝って見返してきなよ。お姉ちゃんとの約束!」

 無理だよ、と口走る彼に弁当箱の上で放置されていたハチマキをもう一度彼の頭に巻いてあげる。朝は可愛く髪に合わせて巻いたが、今度はそれと違い彼の長い髪をゴムで後ろ一つに結んで、前髪は自分のを外してクリップで調整し、ハチマキをおでこを通して巻いた。さっきまで、髪で隠れていた彼の顔の全貌ぜんぼうを見たら、なぜか一瞬くらっとしたが、すぐに気合いを込めてセットしてあげた。

「これ、お姉ちゃんのおまじない。勝ってね!」

「おまじない……」

「ありがとう。頑張る!」

 私は彼が食べ終わるのを見守り、体育館前まで連れていく。事情を説明し、彼とは戻るタイミングをずらした。


「あ! 雫ちゃんやっと帰ってきた!」

 茉生まきちゃんが寄ってくる。抱きつかれると、彼の涙がついていないかドキッとしたが、どうやらばれてないようだ。

「ごめん、ごめん、茉生ちゃん。先輩に捕まっちゃってさ」

 上手く誤魔化ごまかせた? と思う。午後に向け借りていた椅子を元に戻し自分の席に戻る。戻ってすぐに、香くんに貸したヘアクリップの代わりとなるヘアクリップをリュックから取り出し自分の髪につけ直す。


 二年生は午後の種目は三種目目の一度きり。午後のプログラム事態が短いから大切な局面の可能性がある、とは言われてたものの午後の三年生、一年生の種目でそれぞれ紅組は連敗してしまった。おそらく、得点は午前中のリードのおかげで同等くらいだろう。後ろに三年生と応援団による二種目が控えているとはいえ、一位から八位までどのレースも等しく点数が入るうえ、全19レースからなる個人競技は全体でみると配点が高く、小さく見ると一つ一つのレースに注目と熱が入る種目。そして、得点を大きく加算するためにわざわざ点数をレースの度に控え用ボードに加点していくという。これはさすがに緊張するよ。香くん、大丈夫かしら。

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