第14話:修道院の少女

 依頼の護衛対象は、13歳の少女だった。彼女は修道院出身らしく慎ましやかに、三人へと頭を下げた。黒い三つ編みが背中で揺れる。


「はじめまして。リリといいます。道中の護衛を引き受けていただいたと聞きました。どうぞ、よろしくお願いします」


 なかなか優雅な礼儀作法だ。アクアも腰を折る。


「はじめまして、リリさん。私はアクア、彼女はアウローラ、それから彼はアルジェントです。修行中の身ではありますが、塔の魔術師として護衛の依頼をお受けいたします」


 アウローラはあわせて会釈を返したが、アルジェントは目をむいた。アクアの予想外に流暢な所作に、驚いたのだ。普段の彼女からはとうてい想像できない姿だった。


 はっきり言って、アクアはガサツで大雑把だ。はじめて会ったときに『中性的だ』と感じたのは、決して間違いではなかった。見た目や話し方の問題ではない。その行動が、時に『実に男らしい』のだ。

 気に食わないといって、いきなり殴りかかってくる。ふとした瞬間、こぼす言葉は皮肉と鋭さにあふれている。言葉ではどうしようもなくなると、力技に訴える。人が見ていないからと、太ももまで素足を出して歩きまわる。(その現場に出くわしてしまったアルジェントは、ひどい理不尽に見舞われた。)


 めそめそと泣きだす『なよなよした女の子』よりは、大雑把でがさつな方が幾分ましではあるが。不本意ながらも塔で暮らしを共にするようになって、アルジェントはアクアのことを、そういう奴だと認識していた。



 しかし今、少女の前で挨拶をかわしているアクアはまるで別人だ。おそらくは公を意識した姿勢と言葉遣いなのだろうが、雰囲気がガラリと変わって見える。近隣の村人相手に調薬の依頼をこなしているときの姿とも一味違っていた。

 気味が悪いくらいだ。



「どうぞ私のことは『リリ』と呼んでください。護衛とお聞きして、強面のおじさんを想像していたんです。ちょっと安心しました」


 リリと名乗った少女は三人を見比べ、何をどう思ったのか知れないが、安堵したようでいたずらっぽく微笑んだ。


 たしかに13歳の少女が、護衛とはいえ「強面のおじさん」に囲まれるのは落ち着かないだろう。領主がゲイル老ではなく、自分たちを指名したのはそういった配慮かもしれない。

 ゲイル老はどちらかというと『好々爺』という雰囲気なので『強面』扱いはどうかとも思ったが、修道院出身の年頃の少女とくれば、同性のほうが良いことは窺える。


 もしかすると、本部の魔術師は関係ないのかしらん? という考えがアクアの頭をよぎったが、油断するわけにはいかない。それにリリに対する配慮の人選というならば、アルジェントなど一番近づけてはいけない『歳の近い異性』だろうに。しかも、見目は良くても性格は最悪な男だ。いや、ありえない。


 しかし勝手な推測を重ねたところで、アクアに真のところは分からないのは事実だ。彼女は持ち前の切り替えの早さを発揮して、リリに話しかけた。


「わかりました。リリ。では、ツェツェグの街まで、よろしくお願いします」

「はい。こちらこそ」


 そう言って、リリはにこりと笑った。


「リリは馬での移動ですよね? あちらの葦毛の仔ですか?」

「はい。そう聞いています」


 そう言って、リリはにこりと笑った。


「私たちは徒歩で、馬についていくことになります。少々ゆっくりとした移動になりますが、良いですか?」

「もちろんです。おまかせします」


 そう言って、リリはにっこりと笑った。

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