第13話:面倒な事情

 なんと依頼の主は、ミルフォルトの領主だった。


 隣の領地にある修道院から、ひとりの少女をミルフォルト領主舘のあるツェツェグの街まで護衛して欲しい、というのだ。

少女が領主とどのような関係なのかは知れないが、あえて魔術師に依頼をかけるということは、何かしら面倒くさい事情があるのだろう。


 ミルフォルト領主からの依頼なら、ゲイル老の塔を指名したことには合点がいく。 

塔からは多少距離があるとはいえ同じ地域だ。その評判も聞くだろう。アクアは会ったことはなかったが、ゲイル老は領主とも面識があるはずだ。幾度か依頼も受けていたように思う。


 どういった理由で、ゲイル老ではなく「弟子三人」を指名したのか? それが問題だったが、依頼内容にその点についての言及はなかった。訊ねたところで、簡単に答えてもらえるとは思えない。三人は手早く身支度を済ませ、件の修道院へと向かうことにした。



 修道院までは、街道を歩いて二日の距離だ。そう遠くない場所とはいっても、一日二日で終わる依頼ではないことは確かだ。

冬支度の息抜きに受けたようなものだが、長くかかると本末転倒になってしまう。


「要はそいつを、さっさと領主とやらの所へ連れていけばいいんだろう?」

「それは、そうなんだけど」

「絶対、何かあるよねぇ」

「お前ら、いったい何を気にしてるんだ?」


 ぼやきながら歩く二人に、アルジェントは呆れた。小馬鹿にしたように訊ねる。


「これが『本部を介した依頼』だってこと。本部の魔術師の中には、あたしやアウローラのことを邪魔だと思ってる人も多いから。アルジェントもそう、でしょう?」

「……なるほど?」

「そ。だから、この三人をあえて指名することでゲイル老の手が届かないようにして、危害を与えようとしたのかと疑ったんだけど……」

「指名したのは大元の領主だったから、よく分からなくなった。と」

「そういうこと」

「だったら依頼を受けなければいいだろう。例の契約とやらは、魔術師に決定権があるんだろう?」

「「 ………… 」」


 鼻で嗤ったアルジェントに、アクアとアウローラは押し黙った。簡単に『そう』できれば、どれだけ良いか。

 じとりと見返してきた二人の少女に、アルジェントはたじろいだ。


「……なんだよ」

「ゲイル師匠ってさ、あたしやアルジェントみたいなのを、弟子にしてるじゃない?」

「あ? どういう意味だ」

「つまり……『面倒くさい事情のやつ』を、ってこと」

「ああ……そういう」


「あたしはアルジェントの事情は知らないし、こっちの事情をわざわざ話すつもりもないけどさ。ゲイル老があたし達をひきとるために、『本部に諸々ごり押しした』ってことは、想像がつくでしょ?」


 アルジェントは、あの暗い部屋でのやり取りを思い出した。ゲイル老が自分を弟子にすると言った時の周囲の反応、それでも無理やり自分を連れ出したあの姿は、たしかに『ごり押し』以外の何者でもない。

 心あたりのある様子の彼を見て、アクアは続けた。


「で、代わりに師匠は『本部からの依頼は断れない』の。どんなに危険な依頼だとしてもね」

「それは……」

「そういう魔術師の契約を本部と結んでいるから。交渉することはできるみたいだから、今回あたし達が受けなかったとしたら、代わりにゲイル老が行くことになってたと思う」

「…………」

「たぶん、今までもこういう類の依頼は在ったと思うよ。今回は、事情がなんともだったから、あたし達にも訊いてくれただけで」

「ふん。だったら尚更、さっさと片づけるだけだ。襲ってくる連中が、『ただの賊や獣』でも『俺たちを殺そうと企てる魔導師』でもだ。それこそ関係ない」


 またも身も蓋もなく吐き捨てたアルジェントに、アクアとアウローラは顔を見合わせると、吹き出した。この大きな白い猫は、少しずつだが警戒を解いているらしい。


 大きな舌打ちと共にそっぽを向いたアルジェントの瞳の先に、目的地である白い建物が見えた。

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