第9話:魔術師の契約と所望の報酬

 ゲイル老とアウローラが村へ駆けつけたのは、夕暮れ前だった。


 無事にマンティコアが退治されたこと、村に人的被害が出なかったこと、怪我人の手当てにも目処が立っていたこと。事態に自分が間に合わなかったことを詫びつつも、ゲイル老は胸をなでおろし、喜んでくれた。


 それは村人たちも同様だ。


「いやぁ、さすがゲイルさんとこのお弟子さんだよ。たいしたもんだ」

「ええ。アクアちゃんの薬草が効くのは知っていたけど、ひどい怪我なのにテキパキ手当てをしてくれて。街の医者にも引けをとらないんじゃないかい?」

「そういえば、あっちの兄さんは? 新しいお弟子かい?」

「ちょっと愛想はなさそうだが、マンティコアを一撃なんて、結構なことだよ」

「そうそう。助かったよ」


「彼は、アルジェント。つい先日、弟子入りしたばかりでな。まだ塔にもこの土地にも慣れておらんのじゃ。愛想がないのはまあ、大目に見てやっておくれ。すまんの」

「いやいや。あれだけ強けりゃ、多少アレでもおつりがくるよ」

「ははっ。違いない」


 ゲイル老の紹介と謝罪に対し、村人たちはそう言って笑ったが、アクアは笑えなかった。結果としてアルジェントがマンティコアを倒したから良いものの、下手をすれば『ゲイル老の信用問題』になってしまっていたのだ。彼を村に連れてきたのが自分ということもあって、アクアは気が気でなかった。


「ああ、そうだ。お礼をしないとな。ゲイルさん、どうしようか?」

「今回、わしは何もしておらんからな。アクアとアルジェントにまかせようかの」

「そうかい。アクアちゃん、アルジェントさん、何かあるかい?」


 村人たちは二人へ視線を向けた。



『魔術の行使には、対価をもって応えよ』

《魔術師の契約》という理がある。


 人知を超える望みに面した時、人は魔術師を頼る。その『魔術師への依頼』には、必ずそれに『見合った対価』を払わなければならない、というものだ。


 それは依頼主と魔術師の間であらかじめ決められていることもあれば、その都度交渉することもある。金銭の場合もあれば、食糧や素材などの物品のことも、情報や貴人への紹介といったコネクション、依頼主の身体の一部などといったモノが対価にされることもある。

 その契約は、『理』とされながらも実はかなりあいまいで、魔術師の采配に大きく左右されるのだ。


 魔術師の元には、じつにさまざまな依頼が舞い込んでくる。

 今回のような「怪我や病気の治療」「薬や薬草の売買」「獣や魔獣の退治」というものから、「旅の道中や要人の警護」「戦の助太刀」「雨ごい」。果ては「誰やらを呪って欲しい」「意中の人を振り向かせて欲しい」「復讐代行」「暗殺依頼」等々、それはそれは驚くほど多岐にわたる。


 その依頼を受けるか否かは、魔術師にゆだねられていた。

 魔術師によっては『特定の魔術』の依頼を専門にしている者もいたし、逆にどんな内容でも節操なく受ける者もいた。個人で依頼を受けることもあれば複数人で受けることもあるし、個人から依頼を受けることもあれば組織から受けることもあった。

 身も蓋もない言い方をしてしまえば「魔術師も職業」ということだ。霞を食べて生きているわけでなし、報酬がなければ魔術師も生きていけない。それぞれが得意分野や力量で差別化を図り、依頼を得る。それだけのことだ。


 そういうわけで、ゲイル老は『塔』として、地域の村と《魔術師の契約》を結んでいた。とは言っても契約と呼んで良いのか分からないような、おおざっぱな約束だったが。

 曰く、「困ったときには助け合う。報酬はその都度交渉」である。



 そのため今回の魔獣退治の報酬の交渉権は「アクアとアルジェントに」となったわけだ。が、案の定アルジェントは何も応えず、そっぽを向いて歩いていってしまった。どうやら、さっさと塔に戻るつもりらしい。残された面々は、呆れるしかない。


「おやおや」

「すみません……」

「いやいや。じゃあ、アクアちゃん。どうだい?」


 アクアはふと、『あること』を思いついた。報酬としてなら、いけるかもしれない。彼女はおずおずと、その望みを口にしてみる。


「あの、じつは、ちょっと欲しいものがあるんです」

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