第8話:襲われた村

 村の広場には、怪我をした人たちが横たわっていた。ざっと10人はいるだろうか。この村に医者はいない。無事だった村人たちが、必死に傷口を洗って布を巻き、走り回っている。


 アクアは急いで薬箱をおろし、目ぼしい者に手伝ってもらえるよう声をかけた。


「すみません! 毛布と布をありったけ持ってきて。それから、とにかくたくさんのお湯を沸かしてください!」

「あ、ああ! おい、広場の共同かまどと大鍋を使え。こっちにも火をおこそう。それぞれの家でバラバラに沸かすより、鍋を持ち寄ったほうが早い」


 一人の青年が指示を出した。見覚えがある。たしか村長のところの婿養子さんだ。確かにそれなら効率的だし、怪我人たちの身体も冷やさない。治療道具の消毒もその場でできる。なかなか頼りになるその采配に、アクアはうなずいた。

 その嫁が、アクアに気づいて声をかけてくる。


「アクアちゃん! 他には?」

「あとは……今年のコルムの実のお酒、出来あがってますか?」

「ええ、できてるわ。量はいつもより少ないけど……」

「ひと瓶わけてもらえますか。あれは純度が高いので、消毒に使います」

「わかった。持ってくるわね!」


 もともと顔見知りの村人も多い。彼ら彼女らは『ゲイル老の弟子』の姿を認めると、各々がその指示を成すために走った。



 そんな喧騒のなか、アルジェントは完全に取り残され、立ち尽くしていた。

 アクアに大きな袋を押し付けられて、ここまで運んできたはいいが、村人の治療やその手伝いなど自分にできるはずもない。そんなことをする必要もない、とも思う。


「それに……」と、アルジェントは森のほうに視線を向けた。おそらく、居る。


 塔へ助けを求めにきた村人が言っていた『グリフィン』だろう。森からは、野生生物らしからぬ殺気が漂ってきていた。

 グリフィンは、己が定めたなわばりを侵す相手に容赦がない。その対象が動かなくなるまで、攻撃の手を弛めないはずだ。ここに村があるということは、後からやってきたのはグリフィンの方だろうが、彼らにとっては何の意味もない。


 アクアの思惑どおりに、村を護衛してやるつもりなど毛頭なかった。

 しかし、売られた喧嘩は買う主義だ。これだけの殺気をぶつけられて、黙っていてやる謂れはない。



「おい、あんた! つっ立ってるんなら、こっちを手伝ってくれないか!」


 どう片づけてやろうか思いあぐねていると、村の男が声をかけてきた。無駄に声がでかくて、かしましい。これではグリフィンの恰好の的だ。

 舌打ちをして吐き捨てる。


「うるさい」


 アルジェントは苛立ちを隠そうともせず、その言い様に男は目を白黒させた。


「は、はぁ?」

「うるさい。少し黙っていろ」

「な、なにを……お前、この非常時に、何を言っているんだ!」

「非常時だから、だ。……いいから、黙れ」

「お、お、お前……!」


 男はアルジェントに掴みかかったが、軽くいなされ回されて、地面に転がった。


「なにしやがる!」

「ふん」


 当然ともいえる抗議を叫んだが、アルジェントは視線を向けるにとどめた。その冷やかさに彼は首をすくめる。


「なんだよ……」

「だから、大きな音をたてるな。下がっていろ」

「はぁ? って……ぎゃああああっ」


 森から現れた大きな影を認め、男は村中に響きわたる悲鳴をあげた。



「なんだ! この声は?」

「どうした?」

「森のほうから聞こえたぞ!」


 広場にいた面々は表情をこわばらせ、顔を見合わせた。クワや鉈を握った男たちが、森のほうへ慌ただしく駆けていく。


 アクアも怪我人の傷口を縫いながら、森の方向をうかがった。広場まで、獣の殺気がただよってくる。おそらく、例のグリフィンだ。師匠とアウローラは間に合わないとふんだ方がいい。アクアでも相手はできるが、今この場を離れるのは難しい。


「どうしようか」そう悩んでいたところで、突然、ぷつり、と獣の気配が消えた。


 その不自然さにアクアは首をかしげたが、今度は森から村人たちの歓声が届いた。 

 そして彼らは興奮した様子で、広場に戻ってきたのだ。なんと、アルジェントを連れている。


「聞いてくれよ! この兄ちゃんが、あのグリフィンを退治してくれたんだ!」

「ああ! 魔術っていうのか? あれで、跳びかかってきた獣を吹っ飛ばしたんだよ!」

「すごかったぜ! 一撃だったんだ!」

「あのグリフィン、俺に向かってきたんだ。助かったよ。ありがとう……ううっ」

「…………」


 アルジェントは村人から肩や背中を叩かれたり、頭を撫でまわされたり、言葉のとおり、もみくちゃにされている。

 あっけにとられたアクアだが、彼の表情を見て余計にわからなくなった。全く「嬉しい」とか「誇らしい」という風には見えなかったのだ。どちらかというと「わずらわしい」とか「面倒くさい」とか、例の「放っておいてくれ」という顔をしている。  

 仏頂面を隠しもしない。いったい、どういう心境なのだろう?


 アルジェントと話をしたかったが、今は怪我人の手当てが先だ。アクアは手早く縫合の糸を結ぶと、その腕に布を巻いた。

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