第11話:個別授業

 アルジェントは、塔の上層部の片隅に位置する小部屋に居た。

 椅子やテーブルといった家具は何ひとつ置かれていない。窓すらないので薄暗く、むき出しの石壁がただ空間を囲んでいる。


 アルジェントの側にはゲイル老がたたずみ、細々となにごとかを話しかけていた。 アルジェントは珍しく、静かに師の話に耳を傾けているようだ。


 これは『個別授業』のようなものだった。

 彼がこの塔へ来ることになった理由、つまり力を制御するための修行だ。本来は普段の修行と絡めながら練習していくのだが、今は冬支度の時期で忙しい。しかし『魔術』において、全ての基礎となる練習だ。後回しにするよりも、これだけでも進めておいた方が良い。

「アクアたちは文句を言うかもしれないが」と、ゲイル老は笑った。



 ゲイル老の言葉にうなずいて、アルジェントが何言か唱える。すると彼のまわりには、赤く光る魔術の陣が現れた。そして小さな炎が宙に浮かんだかと思うと、大きくなったり小さくなったりと姿を変えていく。


「そう。そうやって、その炎を自在に操ることを心がけなさい」

「こんな簡単なことでいいのか? 普通にできるぞ」


 いつもの仏頂面でアルジェントがぼやいたが、ゲイル老はしたりと口角をあげた。


「そうさな。なかなか上手く操れておる」

「……まだ続けるのか?」


 炎は上下左右に揺れ動き、操者の思い通りにひらひらと動き回っている。不満げな表情を向けた弟子を、ゲイル老は諭す。


「しかし、お主に必要なのは『操作』ではなく『制御』じゃよ。いついかなる時や状況でも、同じように操れなくてはいかん」

「……」

「周囲の環境に動じることなく、常に心の平静を保つことじゃ」

「そんなこと。出来ているだろう」

「そうかの? ちなみにアルジェント、アクアのことじゃが……」

「!!」


 突然大きな音をたて、炎がはじけ飛んだ。

 制御を崩した『その原因』に、アルジェントは苦虫を噛み潰したような顔を隠しもしない。盛大に眉間にしわを寄せている。


「ちっ」

「ほれ、そういうことじゃ。心が動かぬとそもそも魔術は使えんが、心を乱すと魔術は言うことを聞かん。そういうものじゃ」

「……めんどくせぇな」

「そうじゃな。実にめんどうくさいヤツじゃ。魔術というモノは。まあ、精進せい」


 アルジェントはこれ見よがしにため息をつくと、渋々と炎を動かしはじめた。


 あのアクアという女のせいだ。

 いきなり殴りかかってきたかと思えば、妙に気を遣ってきたり、自分のためにヤギを手に入れようとすらする。意味がわからない。あいつの方こそ情緒不安定なんじゃないかと、説明できない己の感情にアルジェントはいらついていた。

 そう。アクアを見ていると、よくわからない腹立たしさがこみあげてくるのだ。


「はぁ。……で、どうなれば合格なんだよ?」

「うむ。まずは、炎を視えないように変化させる。そしてその視えない炎を常に灯したままで三月の間、何事もなく日常を過ごすことができれば合格じゃ」

「……三月」

「うむ」

「長くないか?」

「そうかの? アクアやアウローラは、これを今でも常にやっておるぞ?」


 炎はふたたび大きな音をあげ、はじけて消えた。

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