第4話:アクアのいらだち

 そんな二人が同じ師の元で修行をしていて、平穏に物事が進むはずはない。


 ことは早速、夕食のときに起こった。



「何なんだ。あいつは!」


 アクアはアウローラと共に夕食の準備をしながら、アルジェントに対する罵詈雑言をまき散らしていた。


「な、に、が。『馬鹿な女』よ。ふざけるな!」


 先ほどから延々と、この調子である。ぶつぶつと口を動かしながらも、手元は休みなく芋の皮を剥きつづけているのだから、器用なものだ。


「確かに、なんだか怖いもんねぇ。あの人」

「でしょ? 滅茶苦茶にらんでくるし。目つきは悪いし! それに何よ。あの殺気」


 ここぞとばかりにまくしたてる。アクアの勢いは止まりそうにない。


「でも、ちょっと格好いいんじゃない? 顔とか」

「そんなことないって。あれは『キザ』っていうのよ」


 大鍋のパスタをかき混ぜながら、アクアはつぶやいた。それを受けてアウローラは、豆の殻をむきながら問いかける。


「そうかなぁ。でも、ゲイル様からは仲良くしろ、って言われたよ? いいの?」

「う、ん。それを言われると痛いんだけど……」

「ゲイル様が連れてきた人だもの。何か事情があるんじゃない? 怖いけど……」

「それは、『そう』だろうけどさぁ」


 ひとしきり叫んで、少し落ち着いてきたようだ。ぼんやりとしていても、こういうフォローをできるのがアウローラという少女なのだろう。アルジェントのことを一番怖がっているのも、まぎれもなく彼女なのだが。


「どんな事情なのかは分からないけど、しばらくは様子を見ようよ。怖いけど」

「そう、だね。確かにまだ、どんなヤツなのかも知らないもんね」


 アクアは何とか、そのあたりで妥協することにした。オリーブの実を細かくきざんで、パン鍋に放り込む。胃の下あたりが、なんだかキリキリときしんだ。


「それに、なんだか今日のアクアの怒り方、らしくなかったよ?」

「それは……。どうだろう?」


 心の底では解っていたのかもしれない。自分がアルジェントの振る舞いに腹が立ってしょうがない、その理由が。それが、単なる自己嫌悪に過ぎないということが。


 胃の下のキリキリが、モヤモヤになってきて、アクアは考えるのをやめた。



 普段アクアたちは、食堂と呼ぶ小部屋に集まって食事をとっている。


 塔の歴史は長く、古い設備や部屋も多い。魔術師の塔になる前は、貴族の別荘として使われたり、罪を犯した王族が幽閉されていた、などという噂があるほどだ。


 かつてはどのような用途で利用されていた部屋なのか知れないが、隣接する部屋にちょっとした調理場が設置されているので、普段はそれをそのまま使っていた。数人分の食事を作るには申し分ない設備だ。

 塔の地下には『本来の』食堂と調理場もあったが、三人で使うには大きすぎた。それに、地下は主に魔術の練習や実験に使っている。薬草やら書物やら常に散らかっていたし、食事がとれるような状態ではなかったのだ。


 ともあれ、アクアたちがそう呼ぶ食堂のテーブルの上には、先ほどアクアとアウローラが作った豆とパスタのスープ、庭の畑で育てたホウレンソウのサラダ、作り置きのピクルス、街で買ってきたチーズ……と、それなりに豪華な料理が並べられていた。ゲイル老が帰ってきたので少々奮発したのだ。

 そして想定外のことではあったが、テーブルに椅子は三脚ではなく四脚だ。


 しかし――――


 その「食堂」に、アルジェントはいつまでたっても、やってこなかった。


 何度も声はかけた。塔を案内する際に食堂の場所も伝えたから、部屋の場所がわからない、ということもないだろう。なんならゲイル老が迎えに行ったぐらいだ。声をかけても返事はなく、中から鍵はかかっているくせに、気配はする。


 つまりは「完全無視」の状態だ。


「しょうがない。わしらだけでもいただくとするかな。そういう気分ではないのじゃろう。疲れてもいるだろうし、寝てしまっているのかもな」


 ゲイル老はそう言い、三人は席についた。食前の祈りをすませ、食事をはじめる。


「ふむ。なかなかじゃな。このスープは。隠し味は、オリーブかね」

「あたりです。よくお分かりですね。ゲイル様」

「やはりそうか。この豆ともよく味がなじんでおるのぉ」

「そうでしょう? お豆とオリーブって相性いいんですよねぇ」


「…………」

「…………」


 何かがおかしい。

 その場の空気は、ヒンヤリと凍りついていた。


「ア、アクア?」


 胃の下のキリキリが、モヤモヤからムカムカになって、胸のあたりまでせり上がってきた感じ。アクアはそんなことを考えていた。


 食事が要らないなら要らないで、ちゃんとそう言えばいいではないか。しかし、『無視』する必要などないだろう。


 アクアの苛立ちは、あまり意味のないことだ。アクアたちの心遣いと、アルジェントの感謝は、比例されるものではないのだから。そんな気分の時は誰だってある。人と関わりたくない時、自分だけでいたい時。『そんなこと』は解っている。


 ただ、頭では理解していても、実際の感情はそうはいかなかった。


 胸のムカムカがキーンとなって、喉のあたりまで上がってきたとき、アクアは座っていた椅子を盛大に蹴り倒し、アルジェントがいるはずの部屋へと走りだしていた。

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