第6話:大きな野良猫
「お昼できたよぉ! 二人とも休憩にしよーー?」
塔の裏口からアウローラの声がして、アクアとアルジェントは顔を上げた。
二人は互いに背を向けたまま、雑草をむしっている。アルジェントが言いつけをさぼったことは、ゲイル老にあっさりと見抜かれてしまい、『裏庭の整備』から『二人で裏庭に畑を造ること』へとその内容は変化したのだ。
アルジェントは押し黙り、アクアは物申したが、ゲイル老にはかなわない。なんだかんだと言いくるめられ、結局二人は畑を造ることになった。
「だってさ、アルジェント。食事にしようよ」
「…………」
「こいつ……」
アルジェントはやはり、黙ったままだ。アクアは再びぶん殴りたくなるのを、必死にこらえた。
「来ないと、食いっぱぐれるよ?」
「……」
そう促したが、アルジェントは動こうとしない。我慢する必要なんて、無い気がしてきた。アクアは大きなため息をついて肩を落とし、背を向ける。
「あれ? アルジェントは?」
食堂へ行くとアウローラが待っていた。ゲイル老は所用で出かけているので、昼食は自分たちだけだ。テーブルの上には朝の残りのパンと、セロリのスープ、薄く焼いたタマゴが湯気を立てている。
……こんなに美味しそうなのに。アクアは独りごちた。
「さあ。要らないんじゃない?」
「また? 彼、ここに来てから、ろくに食事してないんじゃない? 大丈夫なの?」
「声はかけたよ。誘ってもみた。……でも、返事はしないんだよね」
「そう、なんだ」
あきらめて、二人は食事をはじめる。やっぱり美味しい。
「なんか、野良猫みたいだよね。アルジェントって」
「野良猫? そんなに可愛らしくないし! 猫に失礼だよ!」
突然、アルジェントを野良猫に例えたアウローラに、アクアは反論した。
「いや、見た目じゃなくてさ。何というか、警戒の仕方が……というか。ほら、野良猫って、拾われてきても、なかなかゴハンを食べなかったりするじゃない?」
「ああ。それは、確かに」
アクアは毛を逆立てて、物のすき間からこちらをうかがっている、そんな猫の姿を思い浮かべた。食べ物を近くに置いても、「ジャーッ!」と威嚇し、警戒して動こうとしない。
「なんだろう。すごく、しっくりくる」
「でしょ?」
「白くて大きな、毛の長いヤツだね」
「ふふっ」
二人は、声をあげて笑いあった。
「だから、アクアも気長にやろうよ。確かに怖いし、態度もアレだけどさ? 大きな野良猫が住みついたと思えばいいじゃない」
「大きな、野良猫……ぷっ」
「ね?」
アクアはうなずき、パンとタマゴ焼きへ手を伸ばした。
「アルジェント。ほら!」
ぶっきらぼうに押しつけられたのは、タマゴをはさんだパンだった。昼食とやらだろうか。
「べつに、いい」
「でも食べないと、身体がもたないよ?」
「問題ない。食べなくても平気だ。放っておいてくれ」
「あ。えっと、もしかして、そういう体質とか信仰とか……ってこと?」
世の中には、さまざまな事情から『食べない・食べられない』という選択をする人もいるという。
例えば同じ食材でも、誰かにとっては栄養だが、違う誰かにとっては毒となる場合もある。民族の『掟』を守るために、「魚は食べない」という人もいる。アクアには耐えられそうにないが、一生のうちの一定期間、食べ物を口にしない一族もいるそうだ。うん。耐えられない。
アルジェントが『食べない』のは、そういう事情かもしれないと思ったのだ。それならば悪いことをした。
しかし、彼の返事はあいかわらずそっけない。背を向けたまま、ぽそりと答えた。
「別に。食べるのが、あまり好きじゃないだけだ」
「ええっ?」
「……なんだよ」
「いや、その。食べるの、好きじゃないの?」
「ああ」
「ええぇ。ウソでしょ」
アクアは彼の言い分が、にわかに信じられなかったが、確かに『食の細い人』というのもいると聞く。『自分が食べるのが好き』だから、『他人も同じ』とは限らない。
「だから、放っておいてくれ」
アルジェントの、野良猫のような態度は変わらない。
「でも、『好きじゃない』ってことは、『まったく食べない』っていうわけじゃないんでしょ?」
「……そうだな」
彼はしぶしぶ、といった様子でうなずいた。
「ならせめて『何なら食べる』とか『どれくらいの量なら食べる』とか言いなさいよ。この塔だって、食べ物に余裕があるわけじゃないんだから。あなたが食べたり食べなかったり勝手をすると、その分食材が無駄になるのよ! もったいないでしょ」
「……」
「師匠がここを畑にするように言うのだって、『私たちに、ひもじい思いをさせないように』ってことじゃない」
「……畑を造っているのは俺たちだろ」
「自分の食い扶持なんだから、あたり前でしょ!」
「……ちっ」
結局、言い争いになってしまうらしい。
アクアはうんざりして彼から視線をそらす。
「……乳製品」
「え?」
「牛やヤギの乳とか、それで造ったチーズとか発酵乳とか。……そういうのなら。そういうのが、少しでいい」
「そうなの? 芋とか野菜とかお肉とかは?」
「食べられないというわけじゃない。でも、食べ過ぎると、逆に体調を崩すから」
「そう、なの。……ごめん。それなら、そのパンもきついよね」
「…………」
「逆に体調を崩す」と聞き、アクアは自分の押しつけを恥じてうつむいた。
アルジェントは少々驚いたように彼女を見ると、ため息をつく。そして、手にしたパンを口に入れた。
「え! ちょっと!」
「だから、食べられないわけじゃない。それに野菜に比べれば、肉やタマゴはまだましだ。要は、植物系が苦手なんだよ」
「…………」
「それだけだ」
そう吐き捨てて、『白くて大きな野良猫』は、のそりと草むしりに戻った。
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