にじんで乾いてまとわりついて

 本作の主人公は中国での戦場で重傷を負い、退役してから恩給と大学講師の収入でかろうじて生計をたてている。そんな彼の窮状を、少なくとも経済的に救うのが『彼女』である。

 しかし、それは一時的な状況にすぎなかった。情け容赦ない現実が二人を襲う。

 本作の凄味は、もちろん麗しく滑らかな超一流の筆さばきで満たされた幻想にこそあるのだが、それを陰から睥睨(へいげい)する現実そのものにも求められよう。作中で主人公が書き連ね、彼女が食べ続けたおびただしい文字は敗戦と戦勝国による戦後処理によって破裂せざるをえなかった。

 全てが終焉したかに思えたそのときにこそ、彼女の体内にあった文字は種子となって荒野に新たな芽吹きを与えたものか。

 必読本作。

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