押し殺した理想を桜の木の下に埋めた主人公の良太。あるとき、それを再び掘り起こし、奇妙な再会を果たす世にも不思議な物語。
特筆したいのは、ミステリーと桜との美しい調和です。
奇をてらった人物関係を繋ぎ止めるだけでなく、逃れられない囚われの過去も相まって、物語に深みを与えている点がとても味わい深いです。理想の存在を巧みに描くことで、気づけば独特な世界観へと巻き込まれていく展開から目が離せません。
良太と咲良の繋がりを思わせる意味深なネーミング。そして揺らぐ一人称。随所に散りばめられたクルワセが、あなたを不思議な世界で待っていることでしょう。
今も誰かを、理想の美しさで魅了しては狂わせるために。
主人公の良太は過去の記憶を頼りに桜の木の根元を掘って、理想の女性の姿をした咲良と出会う。奇妙な少女、咲良に導かれながら封をしていた自身の内面に向き合うことになる。
まずは出だしのインパクト。組み立て、結末に向かっていくテンポも良かった。なによりテーマと結末に向かっての姿勢が美しかった。この話題って酷い形で論争になっていて今すごく難しい。誰がどこまで許容するのかで色んな人が議論してて、時にはただ罵り合っている。この作品はそんな論争の本来の核を明確にかつ優しく示してくれている。
一つだけ、キャラクターの感情がもっと大きく変化してほしかったです。この話は二人のキャラクターの成長の物語で、だけど良太も咲良もテンションが一定で変化が少なくてもったいないです。記入欄で筆を止めた後なら良太は元気がないところから始めて自分を取り戻していく形でもいいし、咲良を本当に死人みたいにして意味深なことをつぶやかせるだけに留めて記憶を取り戻すと徐々に表情や元気が溢れて理想の姿に近づいていく、みたいな感じも良いと思います。物語の出だしにあくまで例ですが「思い悩む良太」「美しいのに死人のような咲良」など解決したくなる問題を提示して、それが二人の出会いで改善されていくような要素があるとより完成すると感じました。
野々宮さんのこのテーマへの優しい答えは本当に素晴らしいです。今後の作品も楽しみにしています。