4-10 お祭り騒ぎ
その日の夕刻から、花街において“プーセ子爵主催”の大宴会が催されました。
普段から夜こそ活気あふれる花街ではございますが、この日はさらに通りから店の門構えに至るまで、あちこちが飾り立てられ、色とりどりの照明が不夜城を照らし上げてございます。
もちろん、宴席の主題は“プーセ子爵の生還のお祝い”であり、その費用はすべて子爵様持ちと言う事にしています。
酒や料理が並べられ、花街にやって来た者達に振る舞われておりますが、その数は三千で収まるかどうかというほどに活況でございます。
「こ、これはどうした事か……!?」
まあ、酒の席を設けるとは申しておきましたが、まさか“町中で宴会”をやるとは考えてもいなかったご様子。
仮面を剥いで、その下にある驚きの表情を拝見したいものです。
「お帰りなさいませ、アルベルト様。五体満足で御帰還なされたと言う事は、無事に
「う、うむ。それは問題なく。……しかし、こっちの方が問題だぞ。何だこの有様は!?
「あら、魔女主催の例祭でございますか。面白い例えをなさいますね」
四月の末日から、翌朝の五月の初日にかけて行われる魔女の祭典“ヴァルプルギス”。
煌々と無数の篝火を焚き、魔女の崇拝する邪神“ガンドゥル”を讃えるとされる祭典の事でございます。
まあ、そんなものは迷信でございまして、別に邪神を讃える儀式と言うほどのことではなく、命育む夏の到来に感謝の意を示す程度の話。
しかし、魔女狩りが横行していたときには、迷信や偏見があり、その日の夜に出歩いていたと言うだけで、魔女や魔術師として断罪された悲しい過去もございます。
今は大っぴらに開催できますが、それでも眉を顰める者もおりますので、程々の規模で行われるのが常でございます。
「良いではありませんか。死地より生還する。それを祝う。人間の持つ根源的な喜びであり、それをこうして皆様が祝ってくださっているのですから」
「しかし、費用がだな……」
「あら? こちらが宴席を設けると伝えましたところ、良い酒を用意しろと仰せではありませんか?」
「ああ、やってくれたな、魔女め。私を破産させるつもりか!?」
「正当な対価と思い、お諦めください」
何しろ、私が
ジュリエッタの言う通り、命あっての物種でございます。
命の対価と致しましては、祭りの一つや二つ、決して高くはございますまい。
「さあさあ、皆様! 本日はプーセ子爵様よりの振る舞い酒でございますよ! 存分に飲み食いしていって、その“徳”を讃えましょう!」
できる限りの大声で叫びまして、あちこちから歓声と、アルベルト様を讃える声が返って参りました。
祭りを主催するのは、名声を得る手っ取り早い方法の一つ。
大公家にお仕えする髑髏の番犬も、たまにはこうした賑やかしを体験なさるのも悪くはございませんよ。
実際、アルベルト様も困惑なさっておいでのようですが、まあいいか、とでも思っていらっしゃるのは伝わってきます。
無事に伝説級の化物を退け、戻って来れたのですから、うるさくは言いません。
「しっかし、これはかなりの出費になるぞ」
「ですわね。酒に料理、かなりの数を放出いたしましたので」
「フンッ! しかし、酒の肴を見てみると、魚介系が多いな。大方、お前の所のイノテア商会から出してきたか」
「ご明察、恐れ入ります」
「ああ、やってくれたな。結局、回り回って、魔女殿の懐に金が落ちるという話か! この業突く張りめ!」
「最高の賛辞ですわ♪」
謎解き一つで大口発注ができましたので、随分な儲けになりました。
かさばっていた塩魚や干し魚の在庫もはけましたし、言う事ありませんわ。
「正式な請求書は後日お届けしますので、“お覚悟”をお願いいたします」
「ええい、この性悪め。今の私には、
「そうお思いなのでしたら、今後とも御贔屓にお願いいたしますね。正当な対価をいただければ、謎解きから夜のお相手まで務めるのが、私でございますから」
魔女であり、娼婦であり、男爵夫人であるこの私。
報酬さえいただければ、大抵のお悩みは解消して差し上げます。
それがヌイヴェルという強欲なる魔女なのですから。
「では、アルベルト様、席を変えましょうか? ここの喧騒は、やはりあなた様には落ち着かない事でありましょう。“
「おお、そうか。では、お言葉に甘えるとしよう」
「いくつかお聞きしたい事もございますのでね。例えば、魔女の嫁取りとか」
「あ~、
「それはそれは! じっくりお聞かせ願いますわ♪」
さて、伝説の化物を相手にした立ち回り、どんな話が飛び出すか、楽しみですわ。
そして、さりげなく死神の腕に魔女の腕を絡めまして、花街から少し離れた場所にある魔女の館へと向かいました。
さあ、死神と魔女の逢引きでございますよ。
逃げる事は許しませんから♪
魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々 夢神 蒼茫 @neginegigunsou
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