4-9 魔女と死神の逢い引き予約

「すまん、魔女殿。降参だ、降参!」



 案の定と申しましょうか、期日の朝になって、アルベルト様が魔女の館わたしのいえにやって参りました。


 若干おやつれ・・・・になられているご様子。


 顔色は仮面のせいで見えませんが、身体からはいつもの覇気が薄れているので、疲弊しているのは間違いなさそうでございます。



(まあ、命の危機が差し迫っている中で、必死に答えを求めたでありましょうからね。ご愁傷様です)



 しかし、私は余裕でございます。


 答えはすでに手の中にあり、その“値段交渉次第”で即座にお教えするつもりでいますから。


 それは先方もご理解なさっているようで、自力解決が望めぬ以上、高値で吹っ掛けられるのは目に見えていますからね。



「では、アルベルト様、降参という事は私の導き出した答えを“お買い上げいただける”という事で、よろしいでございましょうか?」



 少しニヤつきながら、勿体ぶるように喋る私は、本当に魔女として目の前の貴公子の瞳には映っている事でございましょう。


 実際、それは正しい。私は業突く張りな魔女でございますから。



「ええい、止むを得まい。命に係わる以上、言い値で買おう、その答えを!」



「お買い上げ、ありがとうございます、アルベルト様♪」



 まあ、そんなに常識外れな値段にはしないつもりですから、その点はご安心くださいね。


 ただただ、あなた様のお財布で、ちょっと派手な祭りを開催するだけでございますから。


 そんな不埒な事を考えつつも笑いを堪え、そっと封書を一枚、アルベルト様に差し出しました。



「そちらの中に『あらゆる女性が欲しがるもの』の答えが記されております。どうぞお確かになってください」



「ふむ、では、確認しよう」



 そう言って、アルベルト様は封書を開き、中から答えを記したメモ書きを取り出しました。


 それに目を通すなり、これでもかというほどに驚いています。


 仮面でお顔は見えませんが、きっと目をこれでもかと見開き、意外過ぎる答えに唖然としているのではないでしょうか。


 何度も何度も、私の顔とメモ書きを、その視線が行ったり来たりしているのがその証拠です。


 そして、アルベルト様の笑い声が部屋中に響きました。



「これはしてやられた! 確かに、これは“当たり前”に過ぎて、逆に思い至れなんだな! 参った、降参だ!」



「ご納得いただけましたか?」



「おお、これ以上に無い回答だ! やれ、金銀財宝の山だの、豪華なお城や領地だの、最良の伴侶だなどと、女性達の願望を聞いてきたが、これに勝るものはない!」



 どうやら、私が導き出した回答にご納得いただけたご様子。


 まあ、これ以上の物は絶対に存在しませんからね。



「しかし、アルベルト様、あなた様はこの答えを求めて、真っ先に“魔女の館ここ”に来られたのは、正解でございましたね」



「だな。何の事はない。目の前に“答え”があったのだからな」



「ですが、私が指摘するまで、その事に気付かれませんでした」



「ああ、それは全くもって不甲斐ない限りだ。魔女殿、なんなりと報酬を請求するが良い。受けよう、それを」



 ヨシ! と心の中で握り拳を作りました。


 これで“今宵のあなた様と過ごす時間”は、全て私のものでございます。


 魔女と死神の逢瀬、楽しくなってまいりましたわ。



「では、その答えを携えて、例の緑一色の騎士の下へ行ってください。そして、無事の帰還をもちまして、今回の仕事はおしまい。アルベルト様のおごり・・・で酒の席にお付き合いくださいませ」



「おお、その程度で良いのなら受けよう。せいぜい、上等な酒を用意しておけ!」



 パッときびすを返し、アルベルト様は部屋を飛び出していきました。


 玄関先に停めていた馬に跨り、颯爽とかけていく様は、本当に凛々しい。


 仮面に黒い衣装と地味ながらも、だからこそ本人の格好の良さが際立つというものです。


 しがない魔女との逢瀬に応じてくださったのも、根は真面目であるという事でしょうね。



(この国の暗部を支配しながら、死神だなんだと呼ばれながら、それでもなお人の心は損なわれていない。私もああ強くなりたいものですね)



 もっとも、大した腕力も武芸も持ち合わせていませんから、口八丁いいくるめでどうにかするのが、魔女としての立ち回りですが。


 そんな事を考えていますと、ジュリエッタが部屋に入って参りました。



「ヴェル姉様、準備の方はよろしいですよ」



「重畳重畳。うちの商会や、ボロンゴ商会への発注は大丈夫?」



「はい、そりゃもうバッチリですよ!」



「結構! クフフ……、アルベルト様、酒の席と言いましたが、“二人きり”の酒の席とは申しておりませんよ。大宴会、そう、お祭り騒ぎなんですからね!」



 なにしろ、アルベルト様の“おごり”で祭りができるのですから、一切の容赦はしませんよ。


 たっぷりと“宴席の経費”名目で、搾り取って差し上げますから。



「いや~。丁度良かった。ちょっとうちの商会の塩魚と干物の在庫がかさばっていましたからね。これでかなりの量を捌けるというものです」



「在庫を放出して、我が家に金を流し込みますか。さすがは国一番の性悪な魔女でございますね!」



「よいぞよいぞ、もっと褒めるが良い。もっとも、それだけでは酒の肴としては種類が少ないですから、ボロンゴ商会にもな」



「贔屓の店にもしっかり金を落とさせて、恩を売っておく。抜け目ないです!」



 まあ、我が家の商会は海産物を主に取り扱う商会ですからね。


 食料品全般、特に輸入品の珍味を取り扱うボロンゴ商会とは品揃えが違います。


 酒類もそちらから仕入れますれば、結構な額が動く。


 儲けとしては十分でございますね。



「まあ、請求書を見て、今し方以上に目を引ん剝くでしょうが、安い買い物だと諦めていただきましょう!」



「命あっての物種ですからね。死んだらそれまで、人生終了! 死神と悪魔の対決、ちょっと気になるかも!」



「魔女の入れ知恵が入った方が勝ちます」



「さすがです、ヴェル姉様!」



 恩を売りつつ、金もしっかりと落とさせる。


 今回の話は実に良い話でした。


 これをもたらしてくれました緑一色の騎士には、感謝の言葉もありませんわ♪

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