第14話『本気だ』

 短い待ち時間の後、俺達は観覧車に乗り込んだ。

 家族で入ることも想定されているおかげか、2人で乗り込むとやや広く感じる。俺は彩芽と向かい合うようにして座った。


「あ、先輩!私らが乗ったジェットコースター見えますよ!」

「ホントだ。こうしてみると案外高さは無かったんだな…」

「でもジェットコースターの怖い所って高さより速さな気がするッス」

「それはそう」


 眼下に見えるアトラクション達は、どれも彩芽と一緒に楽しんだものだ。ヒーローショーをやっていたステージには、今は誰も居ない。さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返っている。


「久しぶりに乗ったな…観覧車なんて…」

「高校生にもなると遊園地とかもあんまり来ないッスからねぇ…前に乗ったのいつだか覚えてます?」

「確か…小学生の頃だったか」

「ショタ時代の先輩ッスか!見てみたいッス!」

「食いつくのそこかよ」


 他愛ない会話をBGMに観覧車はゆっくりと回る。

 彼方に見える夕陽が一日の終わりを告げている。この時間はまるで、今日というの日のエンディングテーマのようだ。


「あの…先輩」

「ん?」

「さっきはありがとうございました」

「さっきって…何が?」

「私がナンパされた時に助けてくれた事ッス」


 そういえばそんな事もあったな。既に朧気になったナンパ野郎共の顔が脳裏に浮かぶ。


「あの時の私…凄い怖くて…先輩が来なかったらどうなってたか分かんないッス…」

「そう落ち込むなよ。ナンパなんて誰だって怖いさ」

「ううん、それだけじゃないッス…先輩は初めて会った時にも助けてくれましたし、風邪ひいたときだって…家まで来て看病してくれて…」


 彩芽は噛み締めるように話す。


「それなのに私、先輩に生意気言ってばっかりじゃないですか?なんで先輩がこんなに優しいのか…正直分かんないッス」

「それは…」


 思えば始まりは一冊の本だった。

 あの本に書かれていた内容を実践して、そのおかげで彩芽とも距離が近くなった。

 でもあの時は生意気な彩芽の態度がウザくて、それをどうにかしたら、俺は彩芽をもっと…


「…そういう事か」


 ようやく俺は気付いた。答えはとっくに出てたんだ。

 生意気な彩芽への反撃として始めたことだったのに、いつしかコイツの魅力に向き合っていた。

 そうまでして彩芽と一緒に居る理由なんて、俺には1つしか思い当たらない。


「……先輩?」


 彩芽が心配そうに覗き込んでくる。先程の返答に俺が困っていると思ったのだろう。

 大丈夫だよ彩芽。今言葉にするから。


「俺がお前と連む理由だったな」

「そうッス。なんで私なんかと──」

「お前のことが好きだからだ」

「………………………はい?」


 不意打ちの告白を食らった彩芽が、目を点にしてフリーズした。徐々に顔が赤くなり、3秒後には耳まで真っ赤になっていた。


「何言ってるんスか先輩!?」

「お前が好きだから一緒に居るって言ったんだよ」

「意味分かんないッス!はっ!さてはまた私をからかってるッスね!?」

「いや本気だ」

「そんなの目を見りゃ分かるッス!えーっとえーっと…あ、ライクの方ッスね!ラブじゃなくて!」

「いやラブの方だ」

「そうですか!」


 ヤケクソ気味に彩芽が返事をする。

 キャパオーバーなのは明白だ。

 彩芽は席に座り直し、大きく深呼吸した。


「……本気…なんスよね…?」

「あぁ、本気だ」

「…はぁぁ…」


 俺の返事に彩芽が溜息で応える。人の告白に溜息つくのはさすがにどうかと思うぞ。

 長い溜息の後、彩芽は微笑しながら小さく呟いた。


「…先…越されちゃったッス…」

「彩芽?………っ!」


 瞬間、俺の唇に何かが触れた。

 それが彩芽の唇だと気付いたのは、彼女が短いキスを終えた後だった。


「これが私の答え、です…」


 恥ずかしそうにしながらも、彩芽は嬉しそうに笑った。今度は俺の方が呆気に取られていた。


「おまっ…いきなりキスする奴があるか!」

「えぇ!?ダメだったッスか!?」

「ダメでは…!…ねぇけど…こっちが言葉にしたんだから言葉で返すのが普通だろ!」

「それを言うなら先輩だって私の告白プラン壊したじゃないッスか!」

「告白プラン?」

「そうッスよ!私は今日!ここで先輩に告白しようと思ってたんス!!」


 どうやら彩芽の方は最初から俺に告白するつもりだったらしい。それを俺に先を越されたことで焦り、急にキスで応戦してきたようだ。


「えっ、じゃあ…あれか?お前もしかしてずっと俺のこと…」

「そうッスよ!大好きッスよ!!」


 もはやロマンチックな空気は完全に崩壊し、いつしか口喧嘩のようにお互いに好きだと叫びあっていた。

 ここが観覧車の中で良かった。もし近くに人が居た日には、俺は恐らく2週間は引きこもっていただろう。


「あーもう…これじゃあいつもと変わらないじゃないッスか…」

「それは…なんかスマンな」

「良いッス!もう開き直りましたから!」


 彩芽が俺の隣に座り、腕を絡ませてきた。


「今この瞬間から私が先輩の彼女ですから!もう返品とか受け付けませんからね!」

「するわけねぇだろ。むしろお前こそ逃げんなよ?」

「当然ッス!べーっ!」

「コイツ!…まぁ良いか」


 俺は空いている方の手で彩芽の頭を撫でた。今までは歳下をあやす様に、今は愛おしさを表現するように、彼女の頭を撫でる。

 夕陽に照らされた観覧車の中で、俺達の時間は甘く過ぎていった…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る