第7話『退屈で物足りない1日』

 いつもと変わらない朝が来た。

 俺は自分の教室で本を開き、淡々と読書を続ける。何の変哲もない、いつもの退屈な朝だ。

 ただ1つの欠落を除いて。


「彩芽が来ねぇな…」


 そう、彩芽が来ないのだ。

 いつもならそろそろ元気よく俺の教室に来て、散々騒いだ後に帰っていくはず。なのに今日は彩芽の来る気配がまるでなかった。


(寝坊でもしたんだろ。たまにはこういう日があったって良いじゃねぇか)


 俺は彩芽のことは一旦忘れることにした。

 どうせ大したことは無い。そう思いながら、俺は読書を続けた。

 ページをめくる手が遅いのは、きっと俺がしっかり読んでいるからだろう。決して彩芽がいつ来ても大丈夫な様にしているとかじゃ無いはずだ。



 ∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵



 午前中の授業が終了し、昼休みを迎えた。

 それでも彩芽は来なかった。こうなってくるとさすがに心配になる。この場合の心配と言うのは騒いでる犬が元気無くて心配とか、そう言う感じのヤツだ。


「『生きてるかー?』っと…」


 試しに彩芽にLINEを送ってみる。だが返事はおろか、既読すら付かない。まさかまだ寝てるんじゃねぇだろうな…?

 俺は仕方なく、彩芽の教室へと向かうことにした。

 弁当を片手に教室を出ようとすると、背後から声を掛けられた。


「あ、あの!河郷くん!」

「はい?」


 振り返ると同じクラスの女子生徒が居た。

 メガネに三つ編みな彼女は、震えながら必死に言葉を絞り出そうとしていた。


「…俺に何か用?」

「こ、今度の週末にクラスのみんなでカラオケ行くんだけど…河郷くんは、来る…?」


 なるほど、カラオケの人数確認か。別に断る理由はないし、行ってもいいかな?

 その時、俺の脳裏に彩芽の姿が過ぎった。


「……ごめん、俺は用事あるから」

「そ、そっか!分かった!じゃあね!」


 話しかけて来た女子はそそくさと俺から離れて、メモに何かを書き込んでいた。

 …確かに俺は口下手な上に強面だけどさ…そんなにビビらなくていいじゃん…一応同級生よ?俺…


 何故か心にダメージを受けたところで、俺は彩芽の通う1年C組の教室にやって来た。


「…なぁ、そこの君」

「はい?」

「犬守 彩芽はどこに居るかな?」

「犬守さん?今日は来てないはずですけど…」


 教室の出口付近にいた男子生徒に話しかけ、彩芽が来ていないか尋ねた。

 やっぱり学校に来ていないようだ。元気という言葉の擬人化みたいなアイツが休むなんて、何かよっぽどの理由でもあるのだろうか。


「何で休んでるか分かるか?」

「確か風邪ひいたって聞きましたけど…」

「マジか!アイツ風邪ひくのか!?」


 嘘だろ!?ナンタラは風邪をひかないってよく言うじゃないか!


「あの…貴方の言ってる犬守さんって、本当に同じ人ですかね…?」

「どゆ意味?」

「いえ!なんか…僕達の印象と反応が全然違うって言うか…」


 周りのクラスメイト達もウンウンと頷いて同意している。どうやらクラスでの彩芽は俺と居る時とは別人のような態度らしい。


「犬守さんって言うと静かで清楚なイメージだよな」

「落ち着いてるしThe大人って感じ!」

「成績も優秀で非の打ち所が無いような人だよ」


 他の生徒に聞いてみても、俺の知る彩芽のイメージとは異なる人物像が浮かび上がってきた。

 ってかほとんど真逆の別人だ。


「俺の知ってる彩芽と同姓同名の別人なのでは…?」


 俺の中での彩芽と言えば、喧しくて元気いっぱい。手先が器用でいつもイタズラを考えてはニヤニヤしている。そんな奴だ。

 少なくとも優秀な奴には見えない。


「…分かった。とりあえず話してくれてありがとな」


 彩芽のクラスメイトにお礼を言い、俺は自分のクラスへと戻った。

 俺の知る彩芽とクラスメイトの知る彩芽…どっちが本当のアイツなんだろうか…






 悶々とした午後を超え、あっという間に放課後がやって来た。

 何だか彩芽と話さないと1日が一瞬で終わったように感じてしまう。正直物足りない。


「っ!…彩芽からか…」


 俺のスマホに通知が届き、彩芽からのメッセージを表示した。

 LINEで送られてきた文章は──


『あいたい』


 ──たったそれだけだった。

 …生きてるかって聞いてんのに返事が『あいたい』と来たか…全く…世話の焼ける後輩だ。


「ここは1つ、先輩らしく頼られてやりますか!」


 俺は気合いを入れ直し、学校を出て近くのドラッグストアに立ち寄った。

 彩芽のクラスメイトに聞いた話だと、アイツは風邪だって言ってた。なら必要なのは風邪薬と飲みやすい飲み物、それからのど飴だな。


 一通りの買い物を済ませてから、俺は彩芽の家へと向かった。

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