第8話『先輩の看病』

 彩芽の家にやって来た俺は、ビニール袋片手にインターホンを鳴らす。

 数秒ほど待つと家の中からマスクを着けた彩芽がひょっこりと顔を出した。


「先輩!?何でここに…」

「お前が会いたいって言ったんだろ」

「私そんなこと…あ」


 彩芽がスマホを確認している。どうやら俺に送ったメッセージは無意識的に書いたものだったらしい。

 無意識的に会いたいとか言うかね普通。


「あ、あの…」

「色々買ってきてやったから、少しお前の家に入れてくれ」

「でも先輩に移っちゃうんじゃ…」

「ばーか、俺がそんなヤワな奴に見えるか?」


 そう言って俺は自慢の上腕二頭筋を見せつけた。これでもそれなりには鍛えてる方だ。そう簡単には風邪なんてひかないさ。


「じ、じゃあ…どうぞッス…」

「おう、お邪魔するぜ」


 彩芽に促されて、彼女に家に上がる。

 両親は不在らしく、家には彩芽だけが居た。


「昼飯は食ったか?」

「喉が痛くて食べれてないッス…」

「だと思ったよ。ほれ、のど飴と風邪薬だ。とりあえず薬飲んで大人しくしとけ」

「あ、ありがとうございます…」


 風邪をひいて弱っているからなのか、彩芽はいつもより遥かに大人しい。

 本当に風邪が辛いのだろう。今もリビングに置かれたソファに寝転がっている。


「彩芽、ちょっと台所借りるぞ」

「何するつもりッスか?」

「決まってんだろ、飯作るんだよ」

「先輩が…料理…!?」

「なんだよその失礼なリアクションは」


 俺だって料理くらいできるぞ。レシピを見ながら簡単な物だけだけど。

 まぁ今回はそれでも大丈夫な筈だ。俺は買っておいたパックご飯と水を鍋に入れ、火をかける。


「解しながら温めて…んで次が…卵だな」


 水が沸騰するまでの間に卵を掻き混ぜておく。沸騰したら中火に戻し、卵を入れる。

 すぐには混ぜず、10秒ほどしてから卵とご飯を混ぜる。満遍なく絡んだのを見てから火を止め、器へとよそった。

 これで凌我式簡単おかゆの完成だ!


「できたぞ彩芽。食えそうか?」

「だいぶマシになったッス…」


 のど飴が効果を発揮したのか、彩芽は俺が来た時よりも少しだけ楽そうな表情をしていた。

 彩芽を机に座らせ、作ったお粥を差し出す。


「いただきます…」


 出来たてアツアツのお粥を冷ましながら、彩芽が食べ始める。正直、味の方は自信が無いが食べやすさだけなら充分な出来のはずだ。


「どうだ?」

「あんまり美味しくは無いッス…それでも食べられる味ッス…」

「悪いが我慢してくれ。治ったら美味いもん食えばいいさ」


 彩芽が1口食べる度に、俺は彼女の頭を撫でた。

 そうすると彩芽は嬉しそうにはにかんで、不味いお粥の味が和らいでいるようだった。


「その時は先輩も一緒ッスよ…?」

「もちろん。取っておきの店に連れて行ってやるよ」


 大した量を作らなかったおかげで彩芽はすぐにお粥を食べ終えた。


「ご馳走様でしたッス」

「お粗末さまでした。んじゃ!俺はそろそろ帰るかな。あぁそうだ…飲み物も買って来といたからちゃんと飲んどけよ?」

「あっ、待ってください先輩…」

「どうした?何か欲しいモノでもあるか?」

「その…私が眠るまで…傍に居て欲しいッス…」


 風邪薬が聞いてきたのだろう。彩芽は眠そうな目を擦りながら、俺の袖を掴んできた。


「眠るまでって…まぁ構わねぇが…」

「ありがとうございます…じゃあ私の部屋行きましょうか…」

「えっ!?…あ、いや…そうだよな…」


 思わず驚いてしまったが、何も変なことは言っていない。ただ寝るために自分の部屋に戻るだけだ。

 まぁ俺がそこに入るのは若干審議が入るが…


(彩芽が寝るまで傍に居るだけ…それだけだ!変なことはしないし問題は無い!)

「先輩…?」

「あ、あぁ!すまん、なんでも無い…行くか」

「はいッス…!」


 彩芽と俺は2階にある彼女の部屋へと入った。

 中は思っていたよりも整っていた。机とベッド、それから棚に飾られたトロフィーや盾が並んでいる。

 …あと部屋全体からは彩芽の匂いがしてくる…


「ここが彩芽の部屋か…」

「えへへ…もっと元気な時に呼びたかったッス…よいしょっと…」


 のそのそと彩芽がベッドに入る。俺も彼女に寄り添うようにベッドの縁に腰を下ろした。


「寝れそうか?」

「えぇ…おかげまさで…」

「そりゃ良かった」


 何だかこうしていると不思議な感覚に襲われる。歳下の女子に甘えられる経験なんて、俺の人生には今まで無かったし。


「先輩…」

「なんだ?」

「…今度は……一緒に…ごはん……」


 言い終わらないうちに彩芽は眠ってしまった。

 ご飯がどうしたんだよ。作るのか?食べるのか?言い終わってから寝ろっての。

 俺は彩芽の静か寝息を聞きながら、そっと部屋を出た。余り女子の部屋に長居するもんじゃないしな。


 去り際に見えた彩芽の寝顔は苦しそうには見えなかった。多分良くなるだろう。じゃなきゃ俺が困る。

 彩芽の居ない日がどれだけ退屈なのか、今日痛いほど分かったからな。


「…さっさと治せっての…」


 俺は恥ずかしさを誤魔化すように家を出た。

 明日は彩芽が来る。柄にも無くそんな事をすっかり暗くなった空に願ってみた。

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