第9話『彩芽、完全復活ッス!』

「おはようございまッス!完全復活しました!」


 朝、登校途中の俺を見つけた彩芽が笑顔で駆け寄ってきた。昨日までの弱りようは嘘のように消え、いつもの元気な笑顔が見える。


「よう、もう風邪は平気か?」

「お陰様で!先輩こそ移ったりしてないッスか?」

「問題ねぇって言っただろ」


 1時間程度とは言え風邪をひいた彩芽と同じ部屋に居たのだ。移っていてもおかしくは無いのだが、今の所は俺の体調に変化は無い。


「いやー風邪なんて久しぶりにひきましたよ!マジで小学生の時振りかも知んないッス!」

「ある程度成長すると風邪とかってひかなくなるしな。ところで原因に心当たりは?」

「え、えーっと…ちょっとアイスを食べすぎたなかーっと…」

「何個食べた?」

「……棒アイスを……5本……」

「バカ!そりゃ風邪もひくわ!」


 快適な気温だからと言って食べ過ぎは良くない。それにコイツの事だ、どうせアイスを食った後に冷える格好をしてたんだろうな。


「何かあるのかと心配した俺が馬鹿だった…」

「間違いは誰にでもあるッスよ!そんなに落ち込まないで!ドンマイ!」

「お・ま・え・なぁ〜〜〜〜!」

「ギャー!!」


 彩芽の頭を鷲掴みにし、アイアンクローをお見舞いする。俺がどんな気持ちでお前の居ない1日を過ごしたことか…少しは反省しろ!

 朝の通学路に彩芽の賑やかな悲鳴が轟いた。




 ∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵




 時を少し進めて昼休み。1人で菓子パンを食べようとしていた所でクラスメイトに話し掛けられた。


「支倉くん、何か用があるって人が来てるよ」

「俺に?…ってなんだ彩芽か」


 教室の入口で俺を呼んでいたのは、予想通り彩芽だった。いつもの彩芽なら自分の教室で飯を食っているはずだが、一体何の用だ?


「せーんぱいっ!一緒にご飯食べましょ!」

「いいぞ、どこで食う?」

「えっ…そんなアッサリ了承しちゃうッスか」

「何で残念そうなんだよ」

「なぁーんか先輩が手慣れてるように見えたんスよ…はっ!もしかして…私以外とも遊んでたり!?」

「お前以外とは遊ぶところかまともに話さねぇよ」

「っ!…そ、そッスか…じゃあご飯食べに行きましょ!ほら早く早く!」


 彩芽に手を引かれて校舎の屋上へとやって来た。

 屋上にはベンチが数個置かれており、昼休みには憩いの場として使われている。

 俺と彩芽は手頃なベンチに腰を下ろすと、それぞれ持ってきた昼食を広げた。


「先輩のお昼ってその菓子パン1つだけッスか?」

「そうだ」

「うへぇ…よくそれでお腹いっぱいになるッスね…」

「別に腹一杯にはならんが…まぁ節約のためだな」


 高校生の財布事情はいつも苦しいのだ。娯楽に使う金を少しでも増やすべく、食費は真っ先に犠牲となった。その結果が毎日菓子パン生活だ。


「お前の弁当は…手作りか?」

「そうッス!彩芽ちゃんが早起きして自分で作ってるんスよ!」

「へぇー美味そうじゃん」


 弁当箱の半分にサラダと冷凍の唐揚げと卵焼き、もう半分に白米が入っていた。どれも短時間で作れる割には美味しくなる物ばかりだ。


「先輩も食べてみます?」

「良いのか?じゃあ卵焼きを貰おうかな」

「はい、あーん」

「…それは流石に恥ずいぞ…」


 彩芽の弁当から卵焼きをヒョイと摘み上げ、口の中へと放り込む。卵特有のほのかな甘みと出汁の聞いた味が絡み合い、一口で美味しいと分かった。


「美味いな!」

「でしょう!?私も結構自信あるんスよ!」

「毎朝作ってんのか…お前意外に器用なのな」

「意外は余計ッスよ!」


 実際早起きて弁当を用意するだけでも凄いのに、味もここまでの物を用意できるのは充分誇れることだ。


「せ、先輩さえ良いなら…今度から先輩の分も作って来るッス!」

「良いのか!?」

「1人分も2人分も大差無いですし、先輩さえ良ければッスけど…」

「もちろんいいよ!是非!」

「わっかりました!先輩のお昼ご飯は彩芽ちゃんに任せてくださいッス!」


 これは嬉しい誤算だ。まさか彩芽が昼飯を用意してくれるなんて…!

 味の保証もされてるし、有難いことこの上ない。断る理由なんてあるはずがなかった。


「楽しみだなぁ…彩芽の料理…」

「そ、そんなに期待しないでくださいッス…あっそうだ先輩!今週の土曜って空いてますか?」

「土曜?あー…何も無いぞ」

「じゃあ遊びに行きませんか!できればちょっと遠くまで!」

「良いぜ!ちゃんと行き先決めとけよ!」

「はいッス!」


 俺のような暇人が週末に予定などあるはずが無い。彩芽の誘いに俺は二つ返事で答えた。

 やっぱり彩芽が居る方が楽しい。そう思っていた時、ふとクラスメイトにカラオケに誘われたことを思い出した。


「あ…」

「どうしたッスか先輩?」

「…いや、俺の読み勝ちだと思ってな」

「?」


 どうせ彩芽と遊ぶだろうと思って週末の予定を空けといて良かった。俺にとっては大して仲良くないクラスメイトと行くカラオケよりも、ちょっと騒がしい後輩と遊ぶ方が大事だ。

 週末に思いを馳せながら、俺達は昼食を食べた。

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