第2話『可愛い爆撃』

 本屋を出てから再び帰路に着いた俺と彩芽。

 相変わらず彩芽はキャンキャン騒ぎながら、俺の横から離れようとはしなかった。


「先輩は何買ったんスか?」

「漫画と参考書だな」

「先輩が…勉強…!?明日は槍でも降るッスか!?」

「失礼なヤツだな。俺だった勉強くらいするわ」

「でも先輩、勉強しなければ私と同じ学年になれるッスよ?魅力的だと思いません?」

「それが嫌だから勉強すんだよ」


 高校生で留年なんてしようものなら、親父に顔面の形が変わるまで殴られるだろうな。

 そうならないためにも、最低限の成績だけは確保しなくては。


(ま、今日買った参考書はお前用だけどな!)


 心の中で彩芽に反論する。

 参考書というのはさっき買った〈歳下攻略本〉のことだ。

 アレの内容を実践すれば、少しはコイツの生意気さも和らぐかもしれない。


「そうだ彩芽、喉乾いてないか?」

「えっ先輩奢ってくれるッスか!?」

「たまには先輩らしいこともしてやらねぇとな」


 もちろんそんなことは思ってない。

 これもさっきの本に書いてあった〈飴と鞭を使い分けましょう〉という部分を参考にしただけだ。

 俺は適当な自販機に目を付け、小銭を投入した。


「ほら、好きなの買えよ」

「ゴチになるッス♪」


 彩芽が選んだのは紅茶。

 それも砂糖たっぷり甘めなヤツだ。


「それが好きなのか?」

「はいッス!私甘いもの好きなんスよね〜」

「ふぅーん…炭酸とか飲まねぇの?」

「あーアレはダメッスね。口の中がシュワシュワするのが苦手で…」

「なるほどねぇ…」


 甘い物が好きで、炭酸は苦手か。

 好みの把握も攻略には必要不可欠だからな。こういう会話も大事にしなくては。

 両手でペットボトルをしっかりと持ち、ちびちびと紅茶を飲む彩芽。その姿はさながら、水を飲むウサギのようだ。


「…なんスか先輩?ジロジロ見ちゃって」

「いや、何でもねぇよ」

「ひょっとして…彩芽ちゃんの可愛さに見とれちゃってましたか〜?」

「お前っ…!」


 飛び出そうになった言葉を飲み込む。

 違うな、ここで言い返してはいつも通りだ。コイツをために必要なセリフは──


「…あぁ、見惚れてたよ」

「んがっ!?」


──素直な言葉だ。


「な、なな何言ってんスか先輩!」

「見惚れたって言ったんだ。紅茶を飲むお前が可愛くて目を奪われてたよ」

「は、はぁ!?何を急に…はっ!さてはいつもの仕返しッスね!?」


 コイツ本当に分かり易いな。

 素直に可愛いと認めたら、顔を真っ赤にして動揺している。

 攻めてる時の得意気な姿は完全に消え失せた。


「仕返しじゃない。お前が可愛いた思っただけだ」

「そ、そりゃあ私は可愛いし…って何言わせるんスか!あー恥ずかしい!」

「恥ずかしいのか?自分で言ってたのに?」

「言いましたけど!それは自分で言うからであって…人から言われるのは違うんスよ!!」

「でもお前は可愛いぞ!」

「うるさいッス!!」


 面白いくらいに彩芽が動揺している。

 こんなに素直な反応をしてくれるんだったら、もっと早く言うべきだった。


「そういう事は気軽に言わないで欲しいッス…」

「お前が可愛いって事をか?」

「それですよ!もう!先輩のバカ!童貞!」

「あっ、彩芽!」


 彩芽は顔を真っ赤にしたまま走り去ってしまった。

 さすがに言いすぎたか…いきなり可愛い連呼は攻撃力が高すぎたな、反省しなくては。


「だが良い反応が見れたな」


 普段は俺をからかってニヤニヤしていたあの彩芽が、目に見えて恥ずかしがっていた。あんな彩芽は初めて見たぞ。

 これまで散々俺をからかってくれた仕返し…これからたっぷりしてなるからな!




 ∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵




 は路地裏まで走って逃げ込むと、その場にペタンと座り込んだ。


「もう…凌我りょうが先輩め…言い過ぎッス…」


 まだ顔が熱い。あんなに真剣な顔で可愛いって言われるなんて、予想して無かったッス。


「先輩が私に…可愛いって…」


 先輩の真剣な顔がまぶたの裏に焼き付いている。その顔を思い出す度に、私は胸の内から熱が込み上げてくるのを感じた。

 鼓動が早いのは、きっと走ったからじゃない。


「…先輩…もしかして私のこと…」


 いやいやいや!何言ってんスか私!

 にしたってアプローチ下手すぎるでしょう!先輩の可愛い連打だって普段の反撃に決まってるッスよ!

 でも…


 凌我先輩ならきっと…嘘はついてない。


「はあぁぁ…訳わかんないッス…」


 日が落ちるまで、私は路地裏で悩んでいた。

 でも、どれだけ悩んでも…浮かんでくるのは先輩の顔だけ。

 私はまた走って家まで帰った。

 この鼓動の加速はきっと疲れたからなのだと、自分自身に言い聞かせながら…

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