その着せ替え人形は自滅する

「わたくし、ショッピングモールへ来るのは初めてですの。なんだか緊張しちゃいますわね」

「おぉ、まさにって感じの台詞だね。流石ひめちゃん、期待を裏切らない!」


 …………。

 突っ込まない、わたしは絶対に突っ込まないから。


「綾佳ちゃん、それを言うならお嬢様……じゃない? はわわわ、あたしの聞き間違い? それとも姫乃ちゃんって実は僧侶だったの!?」


 あちゃ〜、日下部さんが突っ込んじゃったかぁ。仕方がない、一応フォローを入れておくとしよう。


「いや、綾佳のそれは絶対わざとだから。日下部さんのツッコミは大正解だよ。なんでこう無意味に分かりづらいボケを挟むかなぁ、この子は」

「だって、心の中の関西人がボケろって……」

「関西の人に謝った方がいいと思うよ!?」


 そんな天使と悪魔みたいなノリで心の中に関西人は住まないからね? あ〜あ、結局わたしもツッコミを入れる羽目になってしまった。


 さて、わたしと綾佳の幼馴染コンビ、そこに戸ケ崎さんと日下部さんを加えたお馴染みの面子で、休日のショッピングモールへとやって来ている。先日迷惑をかけたことに対するお詫びの機会作りも兼ねて、わたしから皆を誘ったことにより実現したイベントだ。


 そういえば、日下部さんたちと休日に会って遊ぶのは、何気に今回が初というね。戸ケ崎さんのショッピングモールデビューも含めて、いろいろと初めて尽くしの一日になりそうな予感。


「凛さんの私服姿を拝見しましたが、そのパーカーをお召しになっていると如何にもカッコイイ系女子という風貌でイケメン感が増しますわね」


 おっ、さっそく次の「初めて」がきたね。

 彼女たちと休日に遊ぶのが初めてということは、戸ケ崎さんの言う通り、制服以外の格好で会うのも初めてということで。そんでもって、相手は百合ゲーのヒロインたち。予想はしていたけれど、私服姿もとんでもなく可愛い。


 戸ケ崎さんが着ているのは、清楚感が漂う純白のワンピース。キュートな袖からはフリルが覗いていて、お嬢様らしい気品をたしかに感じさせる。ただでさえ美少女な戸ケ崎さんが王道な格好をしているものだから、待ち合わせ場所で出会ったときにはよく出来た人形か何かと勘違いしそうになったほどだ。

 で、もう一人のヒロインである日下部さんは、オーバーTシャツに黒のスキニーパンツという、シンプルでありながらオシャレ上級者であると一目で分かるコーディネート。さり気なく被っているキャップの効果も相まって、ストリート感があるというか。

 残る綾佳の服装についてはノーコメントで。


 ヒロイン二人はそれぞれ別種の輝きを纏っていて、原作では所詮サポートキャラに過ぎないわたしが横に並ぶことに、少し躊躇を覚えてしまう。そんなわたしの内心を読み取ったかのように、自然な態度で服装を褒めてくれた戸ケ崎さんは本当に優しい。わたしが男だったら一瞬で惚れているね、間違いない。


「ふふん、私服のりんちゃんカッコイイでしょ! だからといって、このイケメン美少女はボクだけのものだから他の誰にもあげないんだけどねっ」

「いやいや、わたしは誰の所有物でもないから」


 そうツッコむと、綾佳が不機嫌そうに唇を尖らせる。いや、不機嫌になる要素なんて今あった?

 まあいいか。綾佳も彼女なりに気を遣ってくれたんだろう、きっと。


「綾佳さんも、その……えっと、なかなか個性的なファッションで可愛らしい、ですわね?」

「なんで疑問形!?」

「はわわ、はわわわわ」

「シロちゃんはせめて言葉を喋って!?」


 どうして先ほど綾佳の服装にだけ触れなかったか、その答えがこれである。まあ、戸ケ崎さんが触れてしまったから言及するしかないんだけど。


「二人の反応は当然だと思うよ。綾佳のファッションセンスは昔から相当アレだからね……」

「ぐぬぬぬぬ。アレって何さ!」


 指摘されて唸るくらいなら、もう少しまともな格好をしてくれば良かったのに。

 というか、その前衛芸術みたいなイラストがプリントされたTシャツ、一体どこで手に入れたのか。逆に好奇心を刺激される代物だ。いや、知ったところでべつにわたしは要らないけどね?


「というわけで、まずは綾佳の服を買いに行こうか」

「妙案ですわね! もちろんわたくしは賛成ですわ」

「綾佳ちゃんの服を選ぶチャンス……ゴクリッ」

「うええええ……」


 原作の主人公に私服がダサいなんて設定はなかったはずなのに、どうしてこの子はこんな風に育ってしまったのだろうか。幼馴染として嘆きながら、露骨に嫌そうな表情を浮かべている綾佳をアパレルショップへと引きずっていく。こらっ、無駄に抵抗しない。

 その後ろには、苦笑気味の戸ケ崎さんと心ここにあらずな様子の日下部さんがついてくる。いつも二人で出掛けるときは、あの手この手でアパレルショップに行くのを回避しようとする綾佳だけど、今日は三対一だからね。逃がさないよ。





「それでね、きっと綾佳ちゃんにはデニムスカートが似合うと思うの!」

「綾佳さんは肌がお綺麗ですから、ぜひ一度オフショルダーをお召しになってほしいですわ」

「わたし的にはタンクトップがオススメかな。時期的にまだ少し空気がひんやりしているけど、カーディガンさえ羽織れば十分調整できるし」

「ボクは着せ替え人形じゃないんだよ……!?」


 モール内のアパレルショップに入店したわたしたちは、さっそく綾佳を試着室へと押し込んだ。そんでもって、それぞれが見繕った衣服を次々と手渡していく。幼馴染のファッションセンスを少しでも改善したいわたしと、綾佳の可愛い姿を見たくて堪らないヒロインたちが揃った以上は当然の流れだ。ここは大人しく着せ替え人形を続けてもらうとしよう。


「うぅ、この服なんだか露出が多くて、ボク恥ずかしいんだけどぉ……」

「大丈夫、バッチグーですわ!」

「それ、たぶん死語だと思うの」


 綾佳は着替える度に顔を真っ赤にして身悶えているけれど、ばっちり似合っているんだから普段みたいに調子に乗って楽しめばいいのにね。あと、戸ケ崎さんは一体いつの時代の人間なのだろうか。


「りんちゃん、どう? 似合っているかな……?」


 ありゃ。恥ずかしそうにしているくせに、わたしの感想は聞きたいんだ? ふふっ、可愛いところもあるじゃないの。わたしは思わず微笑んだ。

 さて、ならば存分に綾佳の可愛いさを語ってあげるとしよう。そう考えて、上目遣いで返事を待っている綾佳を誉め殺しにしようとしたタイミングで、店員さんが小走り気味に近づいてきた。


「わぁ~、とってもお似合いです! あっ、でも少しだけサイズが大きいかもしれませんね。もうひとつサイズが小さいものをお持ちしましょうか?」


 ほんの少しタイミングが悪いなぁとは思いつつも、申し出の内容自体はありがたいものだったので素直に受け入れておく。


「それじゃ、せっかくだからお願いします。ちなみに、この服の色違いとかもあったりします?」

「あぁ、それでしたらこちらに」


 店員さんに案内されて試着室の側から離れるわたしの背中へと、綾佳の視線がやけに鋭く刺さるのを感じる。わたし、最近なんだか背中で視線を感じることが多いな……。


 すぐ戻るから! と心の中で謝りながら、店員さんとのトークに花を咲かせるわたし。いや、だって「この服なんかもご友人の方にお似合いだと思いますよ!」などといろいろ可愛い服を紹介してくるものだから、わたしも次第に盛り上がってきちゃって。たぶん店員さんも、綾佳が可愛いからアパレル店員魂に火がついちゃったんだと思うんだよね。うん、そんなわけだから仕方がない。


 さて、ようやくトークが落ち着いたので試着室の方に視線を向けてみると、意外なことに綾佳は先ほど試着した服のままムスッとした表情で待ち続けていた。

 ますます不機嫌になった綾佳をまぁまぁと笑いながら慰める日下部さんたち。ああ、これは失敗したなと反省しつつ、店員さんに勧められた衣服の山を抱えて試着室の前まで戻る。


「りんちゃんってば、ボクをほったらかして知らない女といちゃつくなんて酷いと思うんだ」

「ごめんごめんって。ほら、こんなにたくさん可愛い服を見繕ってもらったよ?」


 あんたはわたしの彼女かよ! とツッコみたくなるようなセリフだが、割と本気で拗ねているっぽいので黙っておく。代わりに新しく持ってきた服を見せるが、綾佳の関心はそこにないようで。


「そんなことより、この服装の感想が聞きたいなぁ」

「あぁ、うん、そうだよね。もちろん、ばっちり似合っているし最高に可愛いよ」

「ほ、ホントに……?」


 何その不安そうな上目遣い!?

 これで狙ってやっていないのだから、百合ゲー主人公って生き物は恐ろしい。


「当たり前だよ。わたしがお世辞とかで綾佳のこと褒めないのは知っているでしょ? だから全部、心からの感想なんだってば。安心して、どこからどう見てもオシャレで素敵な美少女にしか見えないよ。そもそもの話、元から可愛い綾佳がちゃんと真面目に可愛い服を着たら、相乗効果で可愛さが爆発するのは当然というか。とにかく、わたしのストライクゾーンど真ん中なのは間違いないね。なんならこのままお持ち帰りしたいくらい。そうね、持ち帰った後は綾佳ごとショーケースに入れて飾っておくのも手かもしれない。あっ、もちろん毎日しっかりと可愛がってあげるから。で、話を戻すけど、綾佳はもっと自分の可愛さに自覚を持つべきだと思うのね。それからそれから……」


 いざ感想を語り始めると、自分でも驚くほどに言葉が次々と溢れてくる。元百合ゲーオタクのプレゼン力を舐めてはいけない。


「凛さん凛さん、もうそのくらいにっ」

「はわわわ、綾佳ちゃんが顔を真っ赤にして恥ずか死しちゃいそうになっているよぉ」


 戸ケ崎さんたちに止められて綾佳を見ると、あわあわと口元を動かしながら赤面して俯いている乙女な幼馴染の姿があった。


「り、りんちゃんがそこまで言うならこの服買っちゃおうかな~、なんて」

「あっ、でもサイズ違いと色違いも試着してみた方がいいと思うよ」

「わわわ分かっているよぉ! いいもんいいもん、皆が持ってきた服ぜ~んぶ試着して、りんちゃんのこと悩殺しちゃうから覚悟してよねっ」


 えっ、本当に全部試着してくれるの? 追加の分も合わせると結構な数があるわけで、覚悟が必要なのはどちらかといえば綾佳の方だと思うんだけど。

 そんな疑問を込めて綾佳に視線を送る。


「あっ、しまっ……」

「前言撤回はさせないよ?」

「……やっちゃったぁああああああ」


 その反応から推測するに、感情に身を任せて深く考えないまま言い返してしまったらしい。自分で自分を死地へと送り込んだのだと理解した綾佳が、頭を抱えて悲痛な声を漏らしている。


 ふふっ、どうやらまだまだ楽しめそうだ。



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