幼馴染は今日も人知れず苦悩する
わたし、
一足遅れて昇降口にやって来た幼馴染も、わたしが見慣れない封筒を手に取っていることに気がついたらしい。何を勘違いしたのか、一瞬ニヤッと悪戯でも閃いたような表情を浮かべると、わたしの身体に勢いをつけて擦り寄ってきた。
「りんちゃんってば、案外隅に置けないね。ボクという最高の幼馴染を侍らせておきながら、別の女の子からラブレターを受け取るだなんて……。あぁあ、妬いちゃうなぁ」
あぁ、なるほど。たしかに、客観的に見ればわたしがラブレターを受け取ったようにも見えるだろう。
しかし、残念なことに現実はそれほど甘くない。何故って、この封筒の中身は断じてラブレターなどという可愛らしいものではないのだから。
わざわざ律儀に「脅迫状」と記されている封筒の表面を隠しながら、わたしは憂鬱な感情を吐き出すように溜息をつく。
「…………ハァ」
「なんでこのタイミングで溜息!?」
まさか「貴女が元凶なのよ」などと口にするわけにもいかず、わたしは黙ってその封筒を鞄の奥へと押し込んだ。恐らく中身に目を通すことはないだろう。できればこのまま封印したい。
「べつにラブレターとかじゃないから。ほら、くだらないこと言ってないで早く教室に向かおっ」
「く、くだらないことって」
「ほらほら、綾佳が寝坊した所為で二人とも遅刻寸前だってこと忘れちゃったの?」
「アハハ、そういえばそうだったね~……」
相も変わらずノリと勢いで生きているような幼馴染は、途端に気まずそうな顔になって視線を明後日の方角へと逸らす。何にせよ、これでこの封筒に関する話題は吹き飛ばせただろう。こんな危険物は見なかったことにして、家に帰ったらシュレッダーにでもかけて綺麗さっぱり忘れてしまおうと心に誓った。
♢
さてさて、わたしの愉快な幼馴染、
もしかしなくても、お前は急に何を言い出すんだと正気を疑われるような話であることくらいは理解しているが……覆りようのない事実なのでどうか最後まで聞いてほしい。
荒唐無稽な話のついでに、このわたしが前世の記憶を持った転生者であることも述べておこう。
前世でしがないOLだったわたしは、日々のストレスを解消する趣味のひとつとして、百合ゲーと呼ばれるコンテンツの虜になっていた。なにせ、見目麗しい女の子同士でキャッキャウフフと戯れてくれるのだ。これほど癒されるシチュエーションはそうないだろう。
そんな趣味を共有できる数少ない友人のひとりから半ば強引にそのゲームを勧められたのは、わたしの短い人生に幕が下りる半年ほど前のことだったか。勧められるがまま概要も把握せずにプレイしてしまい、後ほど大いに後悔することになったゲームの名は『エタニティ・ハート』。
とある女子校を舞台にしたありふれた百合ゲー……なんて感想が吹き飛んだのは、最初に攻略を進めていたヒロインの言動が徐々におかしくなり出した辺りから。あぁ、思い出すのも悍ましい。
詳しい説明はひとまず省いて結論から話すと、『エタニティ・ハート』はわたしの求めていたような癒しに満ちた作品ではなかった。
というか、ヒロインたちが悉くヤンデレと化す点とバッドエンド率の高さに辟易したわたしは、途中でプレイを放棄した。残念ながら、ヤンデレヒロインはわたしの嗜好には合わなかったらしい。
まあ、それ自体は実は大した問題ではない。悪戯半分にそのゲームを勧めてきた友人にはその後しっかりと仕返ししてあげたし。ちょっとした苦い思い出が残ったという程度のこと。
けれど、わたしが転生した先が、その『エタニティ・ハート』の世界となれば話は別だ。まして、やがてバッドエンドを迎えるであろう主人公、冬目綾佳のサポート役を担う親友ポジションのキャラクターに転生したとなれば、ね……。
物心ついた頃から、なんとなく自分の名前に聞き覚えがある気がしないでもないなぁとは思っていたものの、まさかゲームの世界に転生するなどというファンタジーな出来事が起きているなんて想像できるはずもなく。しかし、さすがに教室内で主人公と出会ってしまえば気づかないわけにもいかないもんで。
この世界が『エタニティ・ハート』の中であると理解した当初は、なるべく綾佳と関わらないように心掛けてみたこともあった。ところがどっこい、運命の強制力ってやつは恐ろしいもので、なんだかんだで一緒に過ごす時間がじわじわと増えていき、いつの間にやら綾佳の幼馴染兼親友というゲーム通りのポジションに収まってしまっていた。
そうなると、幼馴染である綾佳に易々とバッドエンドを迎えさせるわけにはいかなくなる。わたしはまともな感性を持った人間なのだ。親しい人が不幸になると分かっていて、指を咥えて運命を受け入れるなんてことできるはずがない。
そんなわけで、綾佳をバッドエンドの運命から救い出すと決意したわたしは、綾佳と共にゲームの舞台である百合ヶ咲学園へと進学した。理想を言えば進学先自体を変えてしまいたかったのだけど、まさか「バッドエンドを迎えない為に別の高校へ行こう」なんて馬鹿げた提案を言い出せるはずもなく、綾佳が昔から憧れていたという学園への進学は不可避だった。
救いなのは、ヒロインたちは個別ルートにさえ入らなければ、基本的にはみんな良い子ばかりだという事実。仮にもヒロインを名乗っているのだから、当然と言えば当然か。まあ、本人たちが自らヒロインを名乗っているわけではないけれど。
話を戻すね。つまるところ、綾佳とヒロインたちを過度に近づかせないよう、わたしが守ってあげれば何も問題ないってわけ。うん、楽勝楽勝。
……そんな風に楽観視していた頃のわたしを思い切り殴り飛ばしたい。
なぁんでそんなにコミュ力高いのかなぁ、あんたって子は。入学して半月も経たないうちにヒロインたちと親しくなってしまった綾佳の主人公力に対し、わたしはただただ慄くことしかできなかった。
というか、ぶっちゃけ百合ゲー世界の強制力ってやつが働いているんじゃないのと疑いたくなるレベルで、最近の綾佳は他人から好かれやすくなった気がするんだけど。ほんと不条理。
けれど、ここまでならまだ、ゲームと同じ展開に陥るリスクが高まりかけているというだけのこと。
ポジティブに捉えれば、もっとわたしが頑張らなきゃ運命を変えるだなんて大層なこと成し遂げられるわけがないと、手遅れになる前に現実の厳しさを理解できたとも言えなくもない。ならば、甘んじてその現実を受け止めつつ、悲劇の始まりとなる個別ルートのフラグが立たないよう今後の作戦を練れば良い。まだまだ十分に取り返しはつく。
ただ、ひとつだけ声を大にして訴えたいことがありましてね……。
よりにもよって
そう、入学式の日を境にして、綾佳の態度がなんだかとってもおかしいのだ。原作でいうヤンデレ化……とは少し違う気もするけれど、それに近い雰囲気を纏うようになったというか。
先ほどの発言だってそうだ。冗談めかして言っているから誤魔化されそうになったけど、少なくとも中学時代の綾佳は「妬いちゃうなぁ」なんて嫉妬まがいの台詞を口にする子ではなかった。大体、口元は悪戯っ子みたいにニヤついているくせして、黒々としたその目はちっとも笑っていなかったんだよね。肉体的な距離感だって、いくら幼馴染の関係性とはいえ接近しすぎな感があったし。
で、綾佳がそんな態度ばかり取るもんだから、彼女に好意を抱き始めているヒロインたちの嫉妬がわたしに向くのも必然というわけで……。
まさに今わたしの鞄の底に押し込められている差出人不明の脅迫状が、その現状のヤバさを如実に表してくれている。このままだと、主人公より先にわたしがバッドエンドを迎えちゃうんじゃない?
あぁ、登校したばかりだけどお家に帰りたい。
────────────────────
視点が変われば見える世界もがらりと変わる。
本作の苦労人ポジはたぶん彼女です。どうか強く生きて……!
もし宜しければ★評価などいただけると嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます