幼馴染はお嬢様から指摘される
戸ケ崎さんに連れられてやって来たのは、本校舎から少しばかり離れているが故に利用者が少ない旧校舎2階のトイレだった。
「用事って、まさか連れションじゃないよね?」
「違いますわよ!? わたくし、お話ししたいことがあるって申し上げましたわよね?」
女子によくある連れションの誘いではなかったらしい。いや、さすがに分かっていたけれど。
では、これからわたしは虐められたりとかするのだろうか。戸ケ崎さんはそんなことする人間だとは思えないものの、先日の日下部さんの件もあるからね。この場で戸ケ崎さんが豹変したとしても、大して驚かない自信がある。
「あぁ、なるほど。脅迫状の差出人は戸ケ崎さんだったんだね」
「きょうはくじょー……? えっと、一体なにを仰っているのかしら?」
あれ? これも違ったらしい。脅迫状の差出人が戸ケ崎さんなら、こうやって旧校舎なんかにわたしを連れてきた理由も想像がつくのに。てっきり「あらかじめ警告して差し上げたのに、綾佳さんに纏わり続けるとか舐めてますの?」的な詰問が始まるものかと。
「……貴女、今ものすごく失礼な想像をなさっていませんでした?」
「ノーコメントで!」
呆れたように溜息をついた戸ケ崎さんだったが、自分の両頬をペチペチと数回叩いた後、先ほどわたしを誘ったとき同様の真剣な面持ちに切り替わった。
「わたくしが話をしたいのは、貴女と綾佳さんの最近の関係性についてですわ」
「へぇ〜、わたしと綾佳の関係性についてかぁ。で、それって戸ケ崎さんに関係ある?」
「か、関係あるに決まっていますわ。わたくしは貴女たちお二人の友人ですのよ?」
関係性について……要するに、やっぱり嫉妬の類だったわけだ。たしかに、最近わたしが綾佳の周りのガードを固めているからね。綾佳を自分のものにしたいヤンデレヒロインたちにとっては、都合が悪いことこの上ないのだろう。容易に想像がつく。
ふっ、友達だなんて白々しい。わたしはもう騙されないんだから。
「綾佳さんが仰っていたように、わたくしも最近の貴女は様子がおかしいと感じておりましたの」
「いや、だからべつにおかしくなんて」
「いいから素直にお聞きなさい」
「むぅ……」
綾佳も戸ケ崎さんもそう言うが、大切な幼馴染を心配することの一体何がおかしいというのか。わたしは不満げに頬を膨らませる。
「なんですか、その可愛らしい表情は」
「ん?」
「あっ、いえ……コホン」
その咳払いはもしかして仕切り直しという意味だろうか。戸ケ崎さんにそう尋ねると、彼女は恥ずかしそうに赤面しながら小さく頷いた。
……まあいいか、続きをどうぞ。
「実は昨日、白夜さんから詳しい事情を伺いまして。ですから、貴女が綾佳さんに対して妙に過保護気味になっていることには合点がいっておりますの。ただ、ひとつ確かめておきたいことがありましてね」
「確かめておきたいこと?」
「えぇ。それは、凛さんが正確に事情を把握しているのか、ということですわ。貴女、あのとき本当は何が起きていたのか、お二人のうちのどちらかに一度でもお訊きになりました?」
「……訊いて、ないかも」
「やっぱりですか。凛さんの気持ちも分かりますが、何も確かめずにあそこまで警戒心を剥き出しにするのは如何なものかと思いますの」
「…………」
痛いところを突かれたわたしは、思わず閉口して顔をしかめる。言われてみれば、たしかにあれから詳しい事情を訊けていない。
「だ、だって、何も覚えていなさそうな綾佳の記憶を不用意に掘り起こして、トラウマを蘇らせてしまったら嫌だし。かといって、容疑者である日下部さんのことは全く信用できないし……」
などと口にしながらも、それがほとんど言い訳に過ぎないことを頭では理解し始めていた。
正直なところ、原作のイメージが先行して、日下部さんが綾佳を襲おうとしていたと決めつけてしまっていた側面があったわけだ。
「まったく、恋は盲目とはよく言ったものですわ」
「……えっ、急に何の話?」
「んなっ! あれだけ露骨な態度をとっておきながら、本人はまったくの無自覚とは……。凜さん、貴女ってホント難儀な性格をなさっていますわね」
「なんで急にわたしの性格が貶められたの!?」
何やら不本意な誤解を受けている気がしないでもない。一体何を言いたいのかと詳しく問いただそうとするも、戸ケ崎さんはやれやれと呆れ顔で首を横に振るだけ。むむむ……なんだか釈然としない。
「話を本題に戻しましょう。どこまで信じるかは凜さん次第ですが、わたくしが白夜さんから伺った事情を貴女にもお伝えしますわ」
「よ、よろしくお願いします」
「端的に結論から述べますと、あれはタイミングが悪かったというか……。とにかく、白夜さんに非がないことだけは確かですの」
その後も続く戸ケ崎さんの話に耳を傾ける。
しかし飛び出すのは、綾佳が催眠の練習をしていただとか、逆に綾佳自身が催眠状態に陥ってしまっただとか、どうにも眉唾な内容ばかり。
えっ、これどこからツッコめばいいの?
「凛さんがそのような表情になるのも当然ですが、恐らく大半が事実ですわよ」
「……寧ろ、戸ケ崎さんはよくそんな冗談みたいな話を信じられたね?」
「さすがに本人の口から聞けば、嘘を仰っていないことくらいは分かりますから。それに何より、相手はあの綾佳さんですわよ?」
「あぁ、なるほど……」
戸ケ崎さん、短い付き合いの割になかなかどうして綾佳という人間を熟知しているではないか。
たしかに、こんなふざけた話であっても、綾佳が絡んでいるとなれば途端にあり得そうだと思えてくる。そのくらい綾佳の行動と性格は突拍子もないのだ。
それに、改めて先日の状況を思い出してみると、どうにもしっくりと来るというか……。わたしの中で、徐々に戸ケ崎さんの話が真実味を帯びていく。
「そういうわけですから、そろそろ元の凜さんに戻ってくださいまし。貴女が綾佳さんのことを大好きなのは存じていますが、さすがに過保護の度が過ぎていて見ていられないんですの」
過保護なつもりはなかったが、日下部さんたちのことを理不尽なまでに警戒していたのは事実。冷静になって己を客観視すれば、彼女たちと向き合おうともせず、原作知識と思い込みだけで随分と酷い態度を取ってしまっていた。
……ここは素直に非を認めるべきか。
「たしかに、やりすぎなところもあったかもしれない。さっきの話を完全に信じたってわけじゃないけど、今回の件については反省するよ」
「凛さんならご理解いただけると信じてましたわ!」
「まあ、幼馴染だからちょっとばかし心配性になりすぎたってだけで、綾佳のことが好きとか嫌いとかってのは全く関係ないけどね」
「この期に及んでまだそんなこと仰いますの!? いやはや、これは相当に重症ですわね。わたくし個人としては、きっとこのまま放っておいた方が都合が良いのでしょうけれど……友人としては、ついつい口を出したくなるというか」
また何かよく分からないことを漏らしているので顔を覗いてみたが、「いずれご自身でお気づきになるときが来ますわよ、きっと」と妙に疲れた雰囲気であしらわれてしまった。やっぱり釈然としない。
「さて、もうすぐ午後の授業が始まりますし、教室へ戻りましょうか」
「そうだね。あ〜、えっと……今回はいろいろと心配をかけたみたいで、なんかごめんね」
「いえ、このくらいのこと、友人ですから全く気にしておりませんわ」
「……ま、眩しいっ」
ヤンデレヒロイン候補ってことを除けば、戸ケ崎さんってやっぱり相当いい子だよね。面倒見が良くて、性格も真っすぐで。ほんと、なんでこの子にヤンデレルートを作っちゃったかなぁ、原作のシナリオライターは。それさえなければヒロインとして完璧といっても過言じゃないのに。わたしにヤンデレが性癖な人間の気持ちは分からない。
♢
あのあと綾佳にも確認を取り、あっさりと日下部さんの容疑は晴れた。こんなことならさっさと事実確認しておくべきだったと改めて後悔の念に襲われる。
今回の件は、わたしの疑心暗鬼が引き起こした全くの冤罪だった。そのことを理解し、日下部さんにここ数日の態度について詫びたら「状況的に誤解しても仕方がなかったと思うし、あたしがすぐに綾佳ちゃんを起こさなかった所為でもあるから……」と逆に頭を下げられてしまった。う~ん、ヤンデレヒロイン候補たち、みんな良い子すぎる! なんだか、わたしが警戒しまくっていたのが馬鹿みたいに思えてきた。
「りんちゃん、急に頭を掻きむしったりなんかして、一体どうしちゃったの?」
「べつに、なんでもないわ。気にしないで」
「あっ、もしかしてボクの可愛さに魅了されて悶えちゃった感じ? えへへ、仕方がないなぁ。りんちゃんなら、好きなだけボクの可愛さに悶えていいよ」
「…………ハァ」
「真顔になるのやめて!? いつものりんちゃんに戻ったみたいだから、それはまあホッとしたけど」
まったくこの子は……。
そんな思わせぶりな台詞、わたし以外には絶対に吐いちゃダメなんだからね?
なにはともあれ、日下部さんや戸ケ崎さんに迷惑をかけたという事実は揺らぎようがない。それと、そもそもの元凶とはいえ綾佳も彼女なりにわたしのことを心配してくれていた様子。というわけで、できれば三人には何かしらのお詫びをしたい。
兎にも角にも、まずはその機会を作らないことには何も始まらない。よし、今度の休日に皆でショッピングへ出掛ける計画でも立ててみるか。きっと3人とも喜んで提案に乗ってくれるはずだ。
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一波乱あったことで、凛の心の奥底に潜んでいる何かが垣間見えましたが……幼馴染が相手ならべつにこのくらい普通ですよね??
もし宜しければ★評価などいただけると嬉しいです。
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