日下部白夜は友達が少ない
「ねえねえ、りんちゃ~ん!」
「うん、どうしたの?」
三限の授業が終わると同時に、
それにしても東雲凛が羨ましい。いつかあたしのところにも、綾佳ちゃんの方からあんな風に嬉々とした表情で駆け寄ってきてもらいたいものだ。
あたし、
「さっきの授業中さぁ、りんちゃんってば他の子のこと舐めるように見つめていたよね?」
「う、うん? 急に何なの、怖いんだけど……」
「いいから答えて。見ていた、よね?」
「そりゃまあ、人物デッサンの授業だったからね」
あぁ、また始まった。
この半月ほど綾佳ちゃんを観察してきたことで、なんとなく理解したことがひとつ。どうやら彼女は存外に嫉妬深い性格らしい。普段の雰囲気からは、到底そんなタイプには見えないのだけれど……東雲凛に対してのみ、彼女はコロリと態度を変えるのだ。
疑いようもないほどに特別扱いを受けている東雲凛に対し、あたしの中で何とも言えない感情が渦巻き出す。いけない、いけない。
「なんでボク以外の女に熱い視線を向けちゃうのかなぁ……この浮気者めっ」
「それはもちろん、今日のモデル担当が綾佳以外の生徒だったからだね」
「悲しいなぁ。ボクはずっとりんちゃんのことだけを見つめていたのに……」
「こらこら、そこは真面目にデッサンしなよ!?」
あれ? 今なんで嘘をついたのだろう?
授業中、ずっと綾佳ちゃんを観察していたあたしは、熱心とまでは言わないにしても、そこそこ真面目に彼女がデッサンしていたことを知っている。故に、ついポロリとそれを口から漏らしてしまった。
「いや、たしか綾佳ちゃん、ちゃんと最後まで描き上げた上で提出していたはずじゃ……」
無意識的なその呟きは二人の耳にまでしっかりと届いたようで、唇を尖らせた綾佳ちゃんがあたしに対し不満そうな顔を向けている。何その表情、超可愛いんですけど。
「むぅ、それはバラシちゃダメじゃんか」
「あ~や~か~? もしかしなくてもわたしのこと揶揄って楽しんでいたわね?」
「あ、あはは。りんちゃん目が怖いよ? ほら、今のはちょっとした綾ちゃんジョークってことで……!」
「よし、決めた。今日の帰り、綾佳にデラックスエクレアを奢ってもらうから」
「えぇええ、そんな殺生なぁ。あれ、貧乏学生のお財布事情的には、そこそこダメージある金額設定なんだよね……って、うわぁ! シロちゃん!?」
幼馴染の間柄ならではの気心知れた会話ってやつが延々と展開され続けている状況にいよいよ耐え切れなくなったあたしは、衝動的に席から飛び上がって二人の間へと乱入する。そして、勢いそのままに綾佳ちゃんの腰へと腕を回して抱きついた。
これが子どもっぽい嫉妬に駆られた行動であることは重々自覚している。けれど、だからといって腕の力を緩めるつもりは毛頭ない。
「日下部さん、また綾佳に抱きついてる……」
「ボクもいい加減シロちゃんとの距離感には慣れてきたつもりだけどさ、それでも急にくっつかれるとびっくりしちゃうというか、ね?」
むごむご。う~ん、綾佳ちゃんの抱き心地はやっぱり最高だなぁ……!
「……シロちゃん、ボクの声聞えてる?」
「むふぅうう、綾佳ちゃん好きぃいい」
「ふむ、なるほど。これちっとも聞えていないパターンだ」
その体勢のまま更に数十秒ほどトリップしていたあたしは、綾佳ちゃんに頬っぺたを突かれてようやく正気を取り戻した。
と同時に、先ほどうっかり彼女に向かって「好きぃいい」と告白してしまったことに気づき、顔面が一気に熱を帯びる。
「はわわわわ!?」
「あっ、やっと正気に戻ったね。もう、ボクはシロちゃんの抱き枕じゃないんだよ?」
「そのわりには随分と嬉しそうに日下部さんの頬をツンツンしていたじゃないの」
「えっ、なに? もしかして、実はりんちゃんもボクに抱きついてみたかったとか?」
「状況が余計にややこしくなりそうだから、そういうこと言うのは冗談でもやめて……! 日下部さんが取り乱している理由を何となく察しているだけに、今このタイミングで変に誤解を生みたくないの」
今なにか聞き捨てならない会話が為されていた気がしないでもないけど、それを理解する余裕はない。
だって、あたしってば綾佳ちゃんに告白しちゃったんだよ? これ、もう付き合っちゃうしかないよね??
「うぅ〜。あのっ……不束者ですが、どうか末永くよろしくお願いしますっ」
「あ、うん、よろしくね?」
「はいぃっ!!」
奇跡は起きないからこそ奇跡って呼ぶんだよ、などと嘯いた人間にあたしは言いたい。奇跡、意外と簡単に起きるじゃないですか!
さぁて、新婚旅行は何処に行こうか。って、さすがにそれはまだ気が早すぎるか~。えへへへ。
「ちなみにだけど……綾佳、日下部さんの言葉の意味ちゃんと理解してる?」
「もちろん分かっているって。これからも友達でいてねってことでしょ? ふふっ、今さらそんなこと頼まれなくたって十分仲良しなのにねぇ」
「「…………」」
奇跡は起きないからこそ奇跡って呼ぶんだよ。
奇跡が起きたなどと馬鹿みたいに浮かれていた女に向かってあたしはそう言いたい。って、その女あたしでしたね。あはは……撃沈。
♢
あたし、日下部白夜は友達が少ない。
いや、少しばかり見栄を張ってしまったか。正確に言うと、つい数週間前まで友達と呼べる相手なんてただのひとりもいなかった。
べつに周りの人から嫌われているとか、悪意を向けられているとかではない……はずなのだけれど。常に相手から一歩引かれているという確信めいた実感があるのだ。
かつて中学生だった頃には、自ら友達を作ろうと意気込んでみたこともあるにはある。が、思い切って声を掛けた相手に悉く「自分には日下部さんの友達だなんて恐れ多いので……!」などという意味の分からない断り文句を浴びせられては、そんな意気込みなんてすぐに萎んでしまうというもの。
……前言撤回。冷静に振り返ると、やっぱりあたし嫌われているのかもしれない。まさか有名人じゃあるまいし「恐れ多い」なんて理由、嫌いな相手から逃げるための方便に違いないもんね。
そんな中学時代を送ったものだから、あたしは高校進学後も端から友達作りを諦めてしまっていた。あんな悲しい思いをするくらいなら、最初から誰とも関わろうとしなければいい。そう本気で思っているつもりだった。それでもやっぱり一人は寂しい。このまま、また死んだように3年間を過ごすのだろうかと悲観しかけていたそのとき、あたしの人生を大きく変える天使が目の前に現れた。
その天使の名は冬目綾佳。くりくりとしたつぶらな瞳に雪のような白い肌、まさしく天使と呼ぶに相応しい正真正銘の美少女。そのくせ少年のような無邪気な態度と持ち前のコミュ力でぐいぐい距離を縮めてくるものだから、周りの人間は否応なしに彼女の魅力に憑りつかれていく。そうして彼女は入学からほんの半月足らずという短期間で、俗に言う学園のアイドル的存在にまで上り詰めていた。
そんな天使から「お昼一緒に食べませんか?」なんて声を掛けられて、対人経験に乏しいあたしが正気でいられるわけはなく。
「はわわ。あたし如き矮小な存在が冬目さんと一緒にお昼を過ごすだなんて、そんなのとてもじゃないけど恐れ多くて……」
と、よりにもよって以前の自分が浴びせられた断り文句と大差ない返事をしてしまい、あたしは猛烈な自己嫌悪に襲われる。自分が言われて傷付いた台詞を学園のアイドルに向かって吐いてしまうだなんて。あぁ、いっそ消えてなくなりたい。けれど彼女は、あたしなんかよりも遥かに人間が出来ていた。表情ひとつ変えず、彼女はあたしにこう言った。
「何それ、日下部さんって面白いね。あっ、そうだ。これからはシロちゃんって呼んでいい? ほら、日下部さんだとちょっと堅い感じがするし、白夜ちゃんって呼び方もかっこよくて捨てがたいけど、やっぱりシロちゃんが一番可愛いかなって。……ダメ?」
その上目遣いは反則です……っ!!!!
ぶっちゃけね、細かい事情とかこれまでの人生経験とか、そんなのべつにどうでもいいの。もうね、この可愛さに一発KOされちゃったわけですよ、はい。
あたしは鼻血を垂れ流しながら、力いっぱいに親指を突き立てた。
これが、あたしと綾佳ちゃんの馴れ初め。うふふ、思い出したらまた鼻血が垂れてきちゃった。
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原作の個別ルートには入っていないので、彼女はまだまだ正常です。このままだと、ヤンデレとは別の方向に目覚めそうな気がしないでもないですが……たぶん気のせいでしょう。
もし宜しければ★評価などいただけると嬉しいです。
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