ヤンデレごっこはやめられない

 週末を経て、ボクとりんちゃんの関係性は、ありふれた幼馴染から関係の幼馴染へと進展した。而して、いつまで浮かれているんだと言わんばかりに月曜日の朝はやって来る。

 ボクは意図的に作り上げたねっとりとした喋り方で、恋人となった幼馴染に囁きかけた。


「ふふっ……ボクね、りんちゃんのことずっと見てたからなんでも知っているんだよ? どこに住んでいるのか、寝るときどんなパジャマを着ているのか、入浴のときに身体のどの部位から洗い始めるのか、どういう性格の子が好みなのか……ぜ~んぶ、ね」


 付き合い始めたからといって、何も急に接し方まで変える必要はない。寧ろ平常運転を心がけるくらいがちょうど良い塩梅なのかも。だからというわけではないけれど、今日も今日とてボクはりんちゃんにヤンデレごっこを仕掛けてみる。


「ふぅん……。まっ、べつにその程度なら知っていても不思議じゃないかな。なんたって、綾佳はつい昨日までわたしの家に泊まっていたんだから」

「むぅうう、りんちゃんってばノリ悪いなぁ」

「それに、わたしの好みは隅々まで綾佳一色に染め上げられちゃっているわけだし」

「……また不意打ちぃ! も〜、さらっと恥ずかしいこと言うの禁止!」


 けろりとした表情のまま上履きへと履き替えた幼馴染が、事も無げにボクの台詞を受け流した。残念ながら、ヤンデレごっこはまたしても失敗に終わったようだ。ボクの幼馴染はホント手強い。このことを掲示板の皆に報告したら、いつものように揶揄われる羽目になるんだろうなぁ。


「わたしだって、綾佳のことならなんでも知っているわよ? そう、あんなことやこんなことも」

「……た、例えば?」

「それはちょっと、言えない……かな」

「何それ、めっちゃ不穏なんだけど!?」


 失敗どころか、まさかのカウンターを食らってしまった。ぐぬぬ、流石はボクの幼馴染だ。


「ほらほら、早く行こっ」

「あっ、りんちゃん待ってよぉ」


 慌ててボクも上履きに履き替え、教室へ向かうりんちゃんの背中を追いかける。なんとか追いついて隣に並ぶとスッと右手が差し出されたので、彼女の気が変わる前に掴み返した。そして、滑らせるように指と指を絡ませていく。


「えっと、綾佳? これって恋人繋ぎなんじゃ……」

「えへへへへ」


 前世での性別も踏まえると、やっぱりボクが恋人をリードしたいわけですよ。ふっふ〜ん、これからもどんどん攻めていくから覚悟してよね、りんちゃん!





「はわわっ、はわわわわ!? 綾佳ちゃんたちが恋人繋ぎしているよぉおお」

「なっ……!? あぁ、そういうことですか」


 恥ずかしがるりんちゃんを強引に引っ張り、ボクは手を繋いだまま教室へと足を踏み入れた。刹那、クラスメイトたちの視線が一斉にボクとりんちゃんへ注がれる。その中でも一際大きなリアクションを見せたのが、いつも「はわわ」と取り乱しがちなシロちゃんだった。べつにそんな驚かなくてもいいのにね。

 その隣にいたひめちゃんは、ほんの一瞬あんぐりと口を開いたものの、すぐに平静さを取り戻した様子。それにしても、すっかりうちのクラスに馴染んでいるなぁ、このお嬢様。もはや準クラスメイトと呼んでも違和感がないくらい。いや、そんな呼称は聞いたことないけどさ。


「遂にこのときが来てしまいましたのね。まあ正直に申し上げると、こうなるのも時間の問題だろうとは思っておりましたけれど。ハァ……」

「はわわ……どういうことなの、姫乃ちゃん!?」

「……白夜さん、貴女の鈍さも大概ですわねぇ」

「はわわわわ!?」


 ひめちゃんってば、まるでボクとりんちゃんが付き合い始めることを予期していたかのような口ぶりだけど……流石にそれはあり得ないか。だって、当人ですら恋愛感情を自覚できていなかったんだもん。たとえ彼女に名探偵の素質があったとしても、予期なんて出来るはずがないのだ。

 なんてことを考えているうちに、自分の席に着いたりんちゃんも会話へ巻き込まれていく。


「友人として、まずは素直に祝福すべきなのでしょうね。おめでとうございます、凛さん」

「戸ケ崎さん、ありが……」

「ですがわたくし、凛さんに全てを譲ったつもりはありませんの。今はどうであれ、最終的にはわたくしがお世話して養ってあげることになるのですし」

「お世話って……朝から笑えない冗談だね」

「冗談なんかじゃないですわよ?」

「…………へぇ」


 えっ、急に何の話……? お世話ってことは、もしかしてペットでも飼う予定なのかな?

 それと、室内温度が一気に下がった気がしない? う〜ん、エアコンを稼働させるには、まだ少し時期が早いと思うんだよなぁ。節電しよう、節電!


「はわわわっ、二人もあたしと同じ気持ちだったんだ……。でもでも、あたしにだってまだチャンスは残っていると思うの!」

「えぇ、そうね。白夜さんの仰る通りですわ。何せわたくしと白夜さんは、まだ一度だって当たりも砕けもしていないのですから」

「いやいやいや、何言ってんの!? 綾佳はわたしと付き合い始めたんだってば!」

「そんなの知ったこっちゃありませんわ」

「そんなのあたしには関係ないの……!」

「はぁああああああ!?」


 朝から元気だね、三人とも。ボクひとりだけ話についていけてないんだけど……。ま、いいか。


「お邪魔するわ! 冬目さん、いる……?」

「あっ、須藤さんだ。おはよ〜」


 先週よりも控えめに乱入してきた須藤さん。二度目ともなると驚きはなく、ボクは手を振って居場所を教える。彼女はボクの存在を視界に捉えるや否や、ドタバタと机まで駆け寄ってきた。


「ととと冬目さん、無事かしら!? 休日の間に、そこの女誑しから何か変なことされてない?」


 う〜ん、須藤さんの質問の意図がよく分からない。休日に変なこと? 変なこと、変な……


「…………あっ」

「「「あっ????」」」


 ボクの脳裏に蘇ったのは、りんちゃんからキスされた瞬間の記憶。直後、体温の急上昇と共に「あっ」と声を漏らしてしまった。それはまるで純情な乙女のような反応で……。

 ボクは羞恥に耐え切れず、倒れるように机へと突っ伏した。ぐぇええ。


「ねぇ、須藤さん。女誑しって、まさかわたしのことじゃないでしょうね? わたしが綾佳に変なことなんてするわけないでしょ。馬鹿なこと言わないで」

「へぇ……。でも、本当に何もやましいことしていないって言い切れるのかしら? 冬目さんが目の前で羞恥に悶えているのに?」


 ……聞こえない、聞こえな〜い!

 乙女と化したボクの現状に須藤さんが言及し始めたので、ボクは堪らず耳を塞いだ。


「そ、それは……いろいろとあったのよ! というか、既にフラれた貴女には関係ないでしょ」

「あぁ~、誤魔化した! ってか、なんでわたしがフラれたことを東雲が知っているのよ!?」

「さあ、なんででしょうね? ふふっ」

「何なの、その余裕の笑みは!? ムカつく……。とにかく、一度や二度の拒絶くらいで、わたしは諦めたりなんてしないんだから!」

「いや、そこは潔く諦めなさいよ!?」


 暫く机に突っ伏していたボクだったが、気持ちを切り替えて顔を上げる。いつまでも現実逃避しているわけにはいかないからね。その一方で、りんちゃんと須藤さんの会話は尚も白熱していく。


「そういえばさ、以前わたしの下駄箱に脅迫状を入れた犯人、須藤さんでしょ?」

「うっ、バレていたの!? あ、あれはまだわたしが勘違いしていたときに書いた手紙で……姫を誑かさないでって一言伝えたかっただけというか……」

「だったら、わざわざ封筒に『脅迫状』なんて記す必要はなかったんじゃない? わたし、一時期あれの所為で人間不信になりかけたんだからね!?」

「だって、百合ハーレムなんて築くような奴にラブレターだと勘違いされたら困るから」

「あまりにも酷い言われよう……!」


 脅迫状? また知らない話題が出てきたなぁ。

 それはそうと、この二人なんか意外と仲良しじゃない? 先週知り合ったばかりとは思えないくらい会話が盛り上がっているし。ほら、ひめちゃんたちも意外そうな表情で二人を見つめているよ? う〜ん、りんちゃんの恋人であるボクとしては、ちょっとばかし妬けちゃうかも。


「ちょっと、そこの仲良しなお二人さん。わたくしの存在をすっかり忘れていらっしゃるのではなくって? その『脅迫状』とやらについて、わたくしも関係あるようですから詳しく伺いたいのですけれど」

「ひ、姫……!? えっと、それはその」


「はわわ、あたしも会話に混ぜてほしいの! 凛ちゃんは凛ちゃんで、さっき話に出てきていたの説明がまだ済んでいないよね?」

「いや、だからそれはいろいろと事情が……」

「一体どんな事情があったら、綾佳ちゃんがあんな風に悶えるの!?」


 二人に詰め寄るひめちゃんとシロちゃん。結果、りんちゃんの周りに女の子三人が密集するというシチュエーションが出来上がった。

 あっ、このシチュエーション、ヤンデレごっこに利用できるかも。そんな風に考えたボクは、ニヤリと口角を持ち上げてその輪の中に飛び込んでいく。


「ねぇねぇ、りんちゃんの彼女はボク……のはずだよね? それなのに、どうして他の女の子とばかり喋っているのかな? かなかな?」

「……綾佳、もしかして最近ひぐ●し見た?」

「あ~あ、休みの日はあんなに激しくボクのこと可愛がってくれたのに。寂しいなぁ」

「ちょっ……綾佳ってば、なんで火に油注ぐようなこと言っちゃうのぉ!?」


 ボクの発言を受けて頭を抱えるりんちゃん。想定していた反応と違ったのでちょっぴり戸惑っていると、庇護欲を掻き立てる涙目で恨めしそうに睨まれてしまった。そして、ひめちゃんたちによる詰問が再開したことで、ボクはまた蚊帳の外へと追い出される。

 う〜ん、本日二度目のヤンデレごっこも失敗か。なかなか上手くいかないなぁ。


 それでもボクは挫けない。当初の目的を果たすためにも、そして掲示板の皆の期待に応えるためにも、ボクは必ずヤンデレ属性を身につけてみせる。美少女に二言はないのである。えっへん。

 というのは半分冗談。実際のところは、ヤンデレごっこと称してりんちゃんを揶揄う日常が気に入っちゃっただけというか……。それと、掲示板の皆にもいつかギャフンと言わせたいしね。

 何はともあれ、ボクは今後もヤンデレごっこをやめられそうにない。


「ふぅ……。朝からこんな酷い目に遭うだなんて、今日は厄日なのかもしれない」

「おっ、りんちゃんお疲れ様!」


 いつの間にやら、取り調べの対象が須藤さんひとりへと絞られたらしい。げっそりとした表情を浮かべた幼馴染が、そろそろと輪から抜け出してきた。頭がよく回るりんちゃんのことだから、上手く話題を逸らして難を逃れたに違いない。流石だね!

 ボクはすぐさま駆け寄って、満面の笑みを浮かべつつ労いの言葉をかけてみる。返ってきたのは、恨めしそうなジト目つきのクレームだった。


「お疲れ様って、最後は綾佳にとどめを刺されたようなものだったんだけど……」

「あはは、ごめんごめん。こんなボクだけどさ、これからも懲りずによろしくね?」

「言われなくてもそのつもり。死んでも、生まれ変わっても、ずっとずっと一緒だから」

「……なんか急に重くない?」

「その台詞、綾佳にだけは言われたくないかも」

「えぇ〜、何それ!?」


 ボクたちは顔を見合わせて睨めっこ。すぐに堪え切れなくなって、二人仲良く吹き出した。


 ヤンデレごっこも、りんちゃんたちと過ごす青春の日々も、まだまだ始まったばかりである。



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『ヤンデレごっこはやめられない』はこれにて完結となります。最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


最後に、★評価やコメント付きレビューなどいただけると作者が飛び上がって喜びます。今後の活動におけるモチベーションにも繋がりますので、ぜひ!

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