幼馴染は疑心暗鬼が止まらない

 昼休み、いつものように中庭に集まったわたしたちは、とあるお弁当を囲んで姦しく歓声を上げていた。


 わたしと綾佳、日下部さんに戸ケ崎さん。「女三人寄れば姦しい」なんてよく言うけれど、まさにその言葉が表す通りの状況が出来上がっている。そもそも女三人どころか、この場には四人も集まっているわけだからね。まして、その中心にあるのがで、それを囲んでいるのが綾佳に好意を向けているヒロインたちともなれば……多少騒がしいと感じるくらいの盛り上がりになるのも必然と言えよう。


「はわわわ。綾佳ちゃんの作ってくれたお弁当、とっても可愛らしいです」

「本当に。先日の一件でお弁当がトラウマになりかけていましたが……これは見るからに食欲をそそりますわね。流石わたくしの綾佳さんですわ」

「うぅ、先日の失敗作ダークマターのことはもう記憶から消してください。それと、綾佳ちゃんは姫乃ちゃんのものじゃないですからっ」


 戸ケ崎さんが青ざめた顔でトラウマになりかけたと漏らした理由わけは、先日食べた日下部さんのお弁当が、お世辞にも美味しいとは言えない出来だったから。

 その日、「実は料理が少し苦手で……」と何やら申し訳なさそうな態度でお弁当を取り出す日下部さんを見て、そういえば原作でそんな設定あったなぁと思い出すも……時すでに遅く。その実態ダークマターをリアルで目にしたときの衝撃はものすごいものだった。

 わたしの中で、ヤンデレと並んでメシマズヒロインが苦手分野に加わったことは言うまでもない。


 故に、日下部さんには少し申し訳ないのだけれど、どうしてもそのときのお弁当と綾佳のお弁当を比較してしまうのは仕方がなく。そんでもって綾佳のお弁当は、ビジュアルだけで料理上手な人間が作ったと理解できる完璧な仕上がりになっていた。しかも、ひとりにつきお弁当箱もひとつずつ、計4つのお弁当を用意するという気合の入りようだ。


「クマさんの形になっているおにぎりや焦げ目ひとつない卵焼き、それと器用に飾り切りされたフルーツまで……。綾佳ってさ、意外と女子力高いよね」

「アハハ、そんな風に皆から褒められると何だかむず痒いかも。あと、りんちゃんは微妙に一言多いと思うんだよ~」


 そんなわたしと綾佳の会話に他の二人がピクリと反応する。


「そのやりとり、お互いのことを良く知る幼馴染って感じでなんだか羨ましいですわね……」

「……もしかして凛ちゃんって、これまでにも綾佳ちゃんの手料理を食べたことある感じなの?」


 おっと、言葉選びを間違えたか。つい口が滑ってしまったが、この場で付き合いの長さを匂わせるような発言をしたのは、少し不用意だったかもしれない。

 どことなく鋭くなった気がしないでもない二人の視線を躱すように、わたしは言葉を濁して誤魔化しにかかる。


「そりゃまあ……多少はね。それよりさ、早くお弁当食べちゃおうよ」

「そうだよ、早く食べて食べて! 気合を入れて作ってきたから、皆の感想が気になるんだよね」


 綾佳、グッジョブ!

 べつに空気を察して同調してくれたわけではないんだろうけれど、結果的に素晴らしいタイミングで助け船を出してくれた綾佳へ感謝の念を送っておく。


「それではお言葉に甘えていただきますわね」

「食べちゃうのがなんだか少しもったいない気もするけど……いただきますっ」

「どうぞどうぞ、味わって食べてね~」

 

 綾佳の一言で二人の意識がお弁当に移り、言及から逃れたわたしは内心でホッと胸を撫で下ろす。


 実はこのところ、わたしは彼女たちに対して少々疑心暗鬼に陥っている。その最大の原因は、先日受け取ってしまった脅迫状の存在にある。


 ヒロインたちは、個別ルートに入らない限りは友達想いの良い子ばかり。ここ数週間、日下部さんや戸ケ崎さんと一緒に過ごす中で、それは十分に実感している。もしも原作知識がなかったなら、わたしは彼女たちを完全に信用していたことだろう。当然、こんな風に疑心暗鬼に陥ることもなかったはずだ。


 けれど、「個別ルートに入らない限り」なんて条件がつく以上、うっかり綾佳への好感度を上げすぎると、忽ちヤンデレヒロインと化してしまう可能性があることもまた事実。

 万が一にもそんな状況に陥れば、綾佳と……ついでにわたしの人生におけるバッドエンドはすぐ目の前にやって来る。


 さて、ここでクエスチョン。脅迫状なんて代物を下駄箱に忍ばせる人間が、まともな精神状態のままなんてことあり得るだろうか。

 答えは否。どう考えてもまともな精神状態であるわけがない。つまり、原作ヒロインの中の誰かが、既にヤンデレと化している可能性が高いというわけ。そして、今のところ綾佳との接触機会が多く、ヒロインとしての攻略が進んでいるのは、日下部さんと戸ケ崎さんの二人で間違いないはずだ。ということは……


「ねえ、りんちゃん。そのおにぎり、ボクの自信作なんだ。というわけで、ガブっと頬張ってみてよ!」

「……あっ、うん」


 そう促されてわたしは上の空で返事しながら、それとなくヒロインたちに目を向ける。当の二人は、一切の邪気を感じさせない幸せそうな表情で、綾佳の手作り弁当に舌鼓を打っていた。

 う~ん、この二人のうちのどちらかがわたしの下駄箱に脅迫状を忍ばせただなんて、やっぱり想像しづらいのだけれども……。


 わたしは改めて原作知識と照らし合わせる。


 日下部白夜。原作で彼女との個別ルートに入った場合に待ち構えているのは、通称「あたしだけを愛してねエンド」だ。


 日下部さんは、高校で出来た最初の友人である綾佳に人一倍懐いている。それは原作でも現実でも変わりない。ただ、原作の知識を信用するならば、彼女は本人も自覚していないような心底の部分で相当に嫉妬深い性格らしい。そんでもって原作では、学園の人気者である綾佳の関心を独占しようと、あの手この手でアプローチを仕掛ける。そして、最終的には自宅へ監禁しようという思考へと至ってしまうのだ。


 そんな彼女なら、嫉妬に駆られて脅迫状のひとつやふたつ書いたとしても不思議ではない。と考えるのが自然なのかもしれないが、それはあくまでも原作の話。実際にわたしが知る友人としての彼女は、ちょっと不器用なだけの心優しい少女なのだ。たしかに多少嫉妬深いところもあるのかもしれないが、さすがに脅迫状なんて書いている姿は想像できない。そもそも、この数週間でそこまで展開が進んでいるようには思えないし。


 ならば、もうひとりのヒロインはどうか。


 戸ケ崎姫乃。原作で彼女との個別ルートに入った場合に待ち構えているのは、通称「一生お世話してあげるからねエンド」だ。一生というワードがなんとも重い。重すぎる。


 日下部さんが愛されることに飢えているタイプなのに対して、戸ケ崎さんは正反対の愛して尽くしたいタイプ。膝に乗せたり頭を撫でたりといった日頃の綾佳への接し方を見ている限り、これもまた原作と現実で変わりない部分なのだろう。

 ちなみに原作では、主人公を屋敷へ招いた際に薬を盛って全身不随にした挙句、通称の通り「一生お世話してあげるからね」という台詞と共にエンディングを迎える。実際にそんな都合の良い薬があるのかは知らないけれど……ヤンデレヒロインの皆さん、犯罪行為はいけないと思います!


 そんなわけで、戸ケ崎さんが用意したお弁当を口にしたときも、内心では相当にビビっていたわたしである。ビビらない方がおかしいって。

 ただ、この一連のお弁当に関するイベントは、原作だと個別ルートに入る以前の通常時に発生する出来事なのだ。故に、今現時点で戸ケ崎さんが個別ルートに入っている可能性は極めて低そうなんだけど……。どこまで原作知識を信じていいのか分からない以上、彼女をシロと断定することは難しい。

 それに、幼馴染であるが故についつい綾佳を世話しがちなわたしは、客観的に見れば戸ケ崎さんから嫉妬される対象になってもおかしくはないわけで。


 とは言え、一友人としての立場から言えば、やはり彼女も脅迫状なんて書くような人物には思えない。思いたくない。だって、原作知識による色眼鏡を通さない限り、戸ケ崎姫乃という少女は心優しく真面目で純粋なお嬢様に過ぎないのだから。


「あの、りんちゃん、そのおにぎりに対して何かリアクションを……お〜い、聞こえてる?」

「…………」

「ダメだこりゃ、完全に上の空だね……」


 ぶっちゃけ、原作の展開にはツッコミどころがそれなりに多い。故に、この世界リアルでまったく同じようなことが起こるとは考えづらい。しかし、だからこそ展開が読めない怖さもあり……。


 前世の記憶を信じるか、目の前の友人たちを信じるか。脅迫状なんて厄介なものを見つけてしまったばっかりに、わたしは今日も疑心暗鬼が止まらない。



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