愛の共同作業ってやつだよ

 半日かけて存分にショッピングを楽しんだわたしたちが最後に足を運んだのは、モール内にある中規模のゲームセンター。案の定ゲームセンターも初体験だという戸ケ崎さんが、目をキラキラと煌めかせながら施設内を見渡している。それにしても相変わらず可愛いな、このお嬢様。


「そういえば、ゲームセンターには皆さん頻繁にいらっしゃっていますの?」

「頻繁って程じゃないけど、綾佳とは何度か暇潰しに来たことがあるかな」


 わたしがそんな風に答えていると、綾佳が下から覗き込むようにしてニヤついた顔面を近づけてきた。どうせまた何か余計なことを口にしようとしているに違いない。


「にしし。りんちゃん、クレーンゲームはホント下手っぴだよね~。この前なんか、目当てのグッズが全然取れなくて涙目になっていたし」

「な、なによ。そう言う綾佳だって、プリ撮るときに目を瞑っちゃう癖とかあるじゃないの。まったく、綾佳の所為で何度撮り直ししたことか」

「「むむむむむぅ……」」

「貴女たち、いがみ合いに見せかけた仲良しアピールはおよしなさいな!?」


 いや、べつに仲良しアピールじゃないんだけど?

 戸ケ崎さんの目には一体何が見えているというのだろうか。小一時間かけてじっくりと問いただしたい気もするが、どうせまた呆れ顔を浮かべながら適当にあしらわれるに違いないので諦める。


「白夜さんもお二人と似たような感じですの?」

「ううん。あたしは姫乃ちゃんと同じで、ゲームセンター初体験なの」

「あら、それは意外ですわね。てっきり、皆さん一度はいらっしゃったことがあるものなのかと」

「それは……ゲームセンターで一緒に遊ぶような友達なんて、今まで一人もいなかったから」

「な、なるほど。理由が思った以上に重たくて反応しづらいですわね!?」


 途端に気まずい沈黙が場を支配する。なんでもない雑談のはずだったのに、急に地雷が出現した感。


「はわわわ、なんか変なこと言っちゃってごめんね。今言ったこと、全然気にしなくて大丈夫だよ? あたし、今はとっても楽しくて幸せだからっ。実際、綾佳ちゃんたちのおかげでこうやってゲームセンターにも来れたわけだし」

「……シロちゃああああん!!」

「ふひゃあっ、あああ綾佳ひゃん!?」


 健気な発言に感極まったのか、綾佳が勢い良く日下部さんに抱きついた。


「あっ……」


 会話の流れ的に、思わず抱きつきたくなる気持ちは理解できる。理解できるが……その光景を目にした瞬間、いつかのようにズキリと胸の奥が痛んだ。

 たぶんわたしも、日下部さんの悲しい過去を聞いて胸が痛んだのだろう。うん、きっとそうに違いない。


「凛さん、今一瞬をなさっていたのですけれど……自覚はおありで?」

「えっ、わたしの顔がなんだって?」

「……いえ、何でもございませんわ。十分理解しましたので、お気になさらず」


 戸ケ崎さんがまた何か意味の分からないことを口にしたので、わたしは小さく首を傾げる。

 ものすごい顔って、もしかしてわたしは遠回しに罵倒されたのだろうか? そりゃまあ、主人公やヒロインたちと比べたら平々凡々な顔であることくらいは自覚あるけどさ。って、彼女はそんな失礼なこと言う子じゃないよね。こういう考え方は良くないや。


 そんなことより、今は日下部さんが鼻血と涎を垂れ流しながら、綾佳の背中に腕を回そうとしていることの方が気になる。ぶっちゃけ、この子の方がよっぽどものすごい顔になっている気がするんだよね。戸ケ崎さんってば、指摘する相手を間違えてない?


「あのさ、日下部さん。それ以上綾佳にくっついたら、鼻血で服が汚れちゃうよ?」

「はわわわわっ」


 そう声を掛けると、いつものようにった日下部さんが飛び跳ねるようにして綾佳から離れた。

 いや、何もそこまで慌てて距離を取らなくてもいいのに。もしかすると、先日誤解を生んでしまったことについて未だに引き摺っているのかもしれない。


「ハッ、あたしったら一体何を……!?」


 あら、その反応は……もしかして無自覚に腕を回そうとしていたの?


 流石は百合ゲー主人公、まさか抱きつくだけで相手の正気を失わせるとは。伊達に原作でヒロインたちをヤンデレの道に引きずり込んでいないってわけだ。魅了スキルが出鱈目に高すぎる。


 ……うん、やっぱりわたしが綾佳の側にいてあげなきゃ。幼馴染かつ非攻略対象キャラであるわたしだけは、何が起きても綾佳を守ってあげられるのだから。そう、わたしは、ね。





「ううううぅ……なんで一個も取れないのよ!?」

「はわわわ、凛ちゃんって本当にクレーンゲームが苦手だったんだね」

「なんでしたら、わたくしが代わりに取って差し上げてもよろしくてよ……?」

「やめて、余計惨めな気分になっちゃうからっ」

 

 クレーンゲーム機のアームが空を切ること十回、わたしのメンタルは崩壊寸前な状態にまで追い詰められてしまっていた。ぐぬぬ。よりにもよって、先ほど綾佳に煽られた通りの惨めな姿を晒してしまうことになるとは……。なんて屈辱っ。


 そんなわたしに向かって「それ見たことか」とでも言いたげな視線を向けてきている綾佳の両腕には、クレーンゲームの景品であるシロクマとイルカのぬいぐるみが抱えられている。

 一応補足しておくが、べつに綾佳が取ったわけではない。というか、わたしより先にクレーンゲームに挑戦した戸ケ崎さんと日下部さんが手に入れたブツである。初心者を名乗るこの二人は、なんとあっさり景品を手に入れて綾佳にプレゼントしてみせたのだ。何それ、なんかズルくない!? いや、ズルくはないか。


「もう、りんちゃんってば仕方がないなぁ」

「……綾佳さん?」

「あのね、ひめちゃんとシロちゃんにお願いがあるんだけど……このぬいぐるみたち、ちょっとの間だけ預かっておいてくれないかな?」

「それは構いませんけど、どうなさいましたの?」

「ふふっ。所謂、愛の共同作業ってやつだよ」


 さらに数回失敗して、すっかり涙目になったわたしの両手が悔しさで震え出す。それでも諦めてなるものかと、再び硬貨を投入。アームを操作するボタンに右手を添えたそのとき、突如として綾佳の小さな右手がわたしの手の上に重なった。


 …………えっ?


「ほら、ボクが手伝ってあげるから一緒に取ろう?」

「で、でも、それじゃあ意味が……」

「イジワル言ったのは謝るからさ、変な意地を張るのはやめてボクに頼ってよ。ね?」


 たしかに、そもそもはと言えばお詫びのつもりでショッピングを提案したのに、このままだとわたしの所為で楽しい雰囲気が台無しになりかねない。ならば、さっさとクレーンゲームなんて諦めてしまえばいいのだろうとは思うのだけれど、それは嫌だと心の声が力強く主張している。

 どうしてこんなに必死になっているのか、自分でも正直分からないが……何にせよ、幼馴染に手を添えてもらう程度のことなら受け入れられるはず。


「分かったよ。綾佳、ありがと」

「気にしない気にしない。さあさあ、りんちゃんいっくよ〜!」


 綾佳の手の温もりを感じていると、自然と震えが鎮まっていく。よし、きっと大丈夫。

 深呼吸して冷静になって、まずはアームを右へと動かす。大丈夫、大丈夫。続いて今度は奥へと縦移動。わたしの緊張が伝わったのか、綾佳の指にも力が入る。最後に確定ボタンを押して……


「と、取れたっ! 取れたよ綾佳!」

「ふふん、ボクとりんちゃんが協力して成し遂げられないことなんてこの世にはひとつもないのだよ」


 なんで綾佳がわたし以上に誇らしげな態度なのか、なんて無粋なツッコミを入れる気はない。実際、綾佳が手伝ってくれたおかげで取れたのだから。

 それに加えて、わたしはわたしで柄にもなく浮かれちゃっているわけで。つまるところ、とてもじゃないが冷静にツッコミを入れられるような心境ではないってわけだ。

 

「はい、ペンギンのぬいぐるみ……お礼にあげるから受け取って」

「えっ……でも、何度も挑戦してそれでも諦められないくらい欲しかった景品なんじゃないの?」

「べつにわたしは取れたらそれで満足だから」


 わたしは本心からそう答えた無自覚に嘘をついた


「そっか、そういうことなら遠慮なく貰っちゃうね。えへへ、りんちゃんからのプレゼントだぁ」

「ええ、大切にしなさいよ?」

「りんちゃんだと思って一生大切にする!」

「その返しはちょっと重くない!?」


 うん、やっぱり満足。


「凛さんったら、やたらととは感じておりましたが……なるほど、そういうことでしたのね」

「はわわわわ。この二人、隙あらばイチャイチャし始めるんだけどっ」


 何度でも言うがべつにイチャイチャはしていない。だってわたしは、ただの幼馴染非攻略対象キャラなのだから。



────────────────────



ねぇ、いつまでを続けるつもり?


もし宜しければ★評価などいただけると嬉しいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る