お嬢様は主人公を甘やかしたい

「あのさ、ひめちゃん……その右手、一体なんのつもりなのかな?」

「なんのつもりって、ただわたくしが作ったロールキャベツを綾佳さんに食べていただこうとしているだけですわよ?」

「うん、それは分かってるんだけどさ」


 わたくし、戸ケ崎姫乃とがさきひめのの膝の上で、愛しの綾佳さんが引きつった表情を浮かべ苦笑しています。

 はて、わたくしったら、何か常識はずれなことでもしでかしてしまったのでしょうか。う~ん、皆目見当がつきません。


「はわわわ。ひ、姫乃ちゃん、そういうのは友達同士ではあんまりやらないと思うのっ」

「うん、日下部さんの言う通りだね。綾佳が困っているから、『』するのはさすがにやめてあげてくれるかな?」

「むぅうう……皆さんがそう仰るのなら、今回はやめておきますの」


 お昼を共にしている白夜さんと凜さんからそのような指摘を受け、わたくしは渋々と腕を下げます。綾佳さんに「あ~ん」するのを楽しみにお昼が来るのを待っていたので少々残念ではありますが、わたくしはべつに綾佳さんを困らせたいわけではないですからね。我儘を貫く必要はありません。

 それに、学園の中庭で白昼堂々と「あ~ん」するのは、たしかに人目が気になるかもしれませんし。今度屋敷に招待したときのお楽しみということで取っておくとしましょう。


「なんでかな、今ものすごい身の危険を感じた……」

「あら、それはよろしくありませんわね。念のため、うちのボディガードを何人か綾佳さんの側に置いておきましょうか?」

「そうだね、本当に困ったときは頼らせてもらうかも。ありがとう、ひめちゃん」

「いえいえ、お友達の為ならそのくらいお安い御用ですわ。うふふふ」


 綾佳さんに万が一のことがあったらと思うと不安で夜も眠れませんからね。本来であれば常時ボディーガードを置いておきたいくらいなのですが、それはさすがに差し出がましいというものでしょう。彼女の方から頼られるまでは、ボディーガードの件に関しても控えておくことにします。その分、わたくしが綾佳さんの側にいればひとまず問題はありませんし。


「まあ、綾佳のことはわたしが守るから大丈夫だよ」

「りんちゃん……! えへへ。持つべきものは優しくて頼りになる幼馴染、だね」


 それ、わたくしが言いたかった台詞ですのに!


 おっと、いけませんね。つい取り乱しそうになりましたが、ギリギリのところで表に出さずに堪えることができました。綾佳さんと凜さんは幼馴染の関係ですから、この程度のやりとりが為されるのは寧ろ自然といえるでしょう。わたくしったら、お友達に対して嫉妬だなんてはしたないですわ。


「いっそのこと、りんちゃんの目にはボクしか映らなくなってしまえばいいのに。うん、それがいい。というわけで、これからはボクだけを見てよ。ね?」

「おーい、急に人格切り替えるのやめて!?」


 …………ちょっ、今のやり取りはなんですの!?


 幼馴染の関係だから、で納得できる内容ではなかった気がするのですけれど。そう思い慌てて問い詰めようとしましたが、それより先に凜さんが話題を切り替えます。


「そ、そういえば戸ケ崎さん、綾佳を膝の上に乗せたままだとお弁当食べにくいんじゃない?」

「いえ、その前にさっきのやりとりについて……まあいいですわ」


 改めて問い詰めようと顔を上げたところで、凛さんの目が「お願いだから、これ以上さきほどの話題を広げないでほしい」と訴えていることに気づき、その切実さを受けてわたくしは折れて差し上げることにしました。


「ご心配には及びません。お恥ずかしながら、今朝お弁当作りの最中についつい味見しすぎてしまいましたので、今日のお昼は抜くことにしましたの」

「えっ、じゃあその豪勢なお弁当は……」

「もちろん、綾佳さんに食べていただこうと思って用意した分ですわ!」


 わたくしったら張り切ってしまい、朝早く起きてあれこれ作ってきましたの。とはいえ、なにぶん初めてのことですから、いろいろと勝手がわからない点もあり。綾佳さんのお口に合えば良いのですが。

 

「たしかに先週、ひめちゃんがお弁当作ってきてくれるって約束してくれたからボクはお弁当持ってきてないけどさ……さすがにちょっと多くない?」

「成長期で食べ盛りなお年頃かと思いまして」

「それはたしかにそうなんだけどさ、これどう見ても二人分以上のボリュームがあるよね!?」

「姫乃ちゃんは綾佳ちゃんのお母さんか何かなのかな……?」


 ふむ、どうやら作りすぎてしまったようです。でしたら、ということで白夜さんと凜さんにも食べていただくことになりました。


「おわっ、ナニコレめっちゃ美味しい! 戸ケ崎さんって料理上手なんだね」

「はわわわ、口の中で野菜と肉の旨味が際限なく広がっていくぅ」

「ほんとだ! ひめちゃんの手料理めちゃくちゃ美味しいよ!」


 ……っ。想定していたシチュエーションとは異なりますが、皆さんに喜んでいただけたなら張り切って作ってきた甲斐がありました。


「皆さんのお口に合ったようで良かったですわっ」

「あっ、もしかしてひめちゃん照れてる?」

「姫乃ちゃん顔真っ赤だね。ふふっ」

「さすがヒロイン、こういうときの反応が可愛い」


 わたくしの膝に乗っている綾佳さんには赤面した顔など見えていないはずなのですが……声がほんの少しだけ上ずってしまったばかりに、勘づかれてしまったようですわね。

 白夜さんたちにまで揶揄われてしまい、わたくしはただ俯いて綾佳さんの背中に隠れるしかありません。もともとの狙いはといえば「あ~ん」をしたかっただけですのに、どうしてこうなってしまったのでしょうか。そう内心で呟きながらも、わたくしの気分はどこか昂っているのでした。





 とっても愛らしく誰からも好かれる冬目綾佳という少女は、数多あまた在籍している百合ヶ咲学園1年生の中でも一際目立った存在です。

 そんなわけで、まだ綾佳さんと知り合う以前のわたくしの耳にも、当然の如く彼女に関するいろいろな噂が届いていたのでした。


 ただ、人の噂というのは次第に尾ひれ羽ひれがつくもので……。例えば、何をやらせても器用にこなす学園創立以来の秀才だとか、はたまた百戦錬磨の恋愛マスターだとか。そんな具合に、実際の綾佳さんとはかけ離れた人物像すら、彼女と交流の機会が少ないクラスでは囁かれるようになっておりました。


 さて、そんな綾佳さんとわたくしが親しくなったのは、彼女が落としたハンカチを偶然わたくしが拾ったことがきっかけでした。


 廊下の隅に落ちている可愛らしいハンカチを見つけたわたくしは、その端っこに「あやか」と刺繍されていることに気づきます。そして、この学園で「あやか」といえば、真っ先に候補に上がるのが綾佳さん。一度拾った以上は責任を持って持ち主のもとまで届けねばと、第一候補である彼女のクラスへとわたくしは足を運びました。


 そこでわたくしが目にしたのが、呆れ顔の凛さんに頭を撫でられて心底幸せそうな表情を浮かべている噂の美少女の姿でした。

 あとから聞いた話では、綾佳さんに「ボクのこともっと可愛がってよ」的なテンションでしつこく迫られた凛さんが、手っ取り早く彼女の機嫌を取るために頭を撫でていたそうですが……。何はともあれ、その様子を目にした瞬間、わたくしはその小動物的な姿にがっしりと心を奪われたことを実感したのです。

 要するに、お恥ずかしながらわたくしは、いとも容易く綾佳さんに一目惚れしてしまったというわけですわね。


 もしも彼女が噂通りの秀才もしくは恋愛マスターであったならば、わたくしが彼女に惚れることなどなかったでしょう。何故なら、人の魅力とは本人が意図しない隙にこそ生じるものだと、わたくしはそのように考えておりますから。そして、そういう意味で彼女は間違いなく魅力に溢れた少女でした。

 彼女のことを守ってあげたい、思う存分に甘やかしてあげたい。いっそ鳥籠に閉じ込めたい。そんな欲求がわたくしの中でふつふつと湧き始め、頭の中を埋め尽くしていきます。それを何とか抑えたところで、わたくしは綾佳さんに話し掛けました。


「ねえ、冬目……綾佳さん?」

「にょわぁっ、誰!?」

「ええっと、突然でしたから驚かせてしまいましたわね。ごめんなさい。わたくし、隣のクラスの戸ケ崎姫乃と申しますの。以後お見知りおきを。それで用件なのですが、このハンカチ、貴女の落とし物じゃございません?」


 とまあ、このような具合に話を切り出してみたのですが……こちらを向いた瞬間に、綾佳さんの身体が硬直してしまいました。そして、予期せぬ彼女の反応はそれだけは終わりません。その直後、目をキラキラと煌めかせた綾佳さんが、わたくしの両手をギュッと握り締めました。瞬間、わたくしの視界は真っ白になってしまいます。


「…………へ?」

「ほわ~、本物のお嬢様だ! 言葉遣いも立ち居振る舞いもめちゃくちゃお上品! しかもお人形みたいに綺麗な美人さんとか、こんなの実際に対面したら感動しない方がおかしいって」

「えっ……? えぇえええ!?」


 一体どこから取り出したのか、色紙とペンを突き出してサインをくださいとせがんでくる綾佳さん。彼女の勢いに押され、わたくしはすっかりタジタジです。


「綾佳ってば、ちょっと落ち着きなよ。戸ケ崎さん混乱しちゃっているでしょ」

「アハハ、ごめんごめん……こんな如何にもお嬢様って子と実際に出会ったの初めてだったからさ。そうだ、もし良かったらボクと友達になってよ! ねぇねぇひめちゃん、いいでしょ〜?」

「この流れで臆面もなく友達になろうだなんて切り出せる綾佳は、やっぱり大物だわ」

「でしょでしょ! 今日もりんちゃんに褒められちゃった。えへへ、嬉しいなぁ」

「いや、べつに綾佳のこと褒めたつもりはないんだけどね……?」


 いつの間にやら夫婦漫才を始めたふたりを前にして、まだ彼女たちのやりとりに慣れていなかったこの頃のわたくしは、ただ呆然と立ち尽くすばかりなのでした。



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