その二人は無自覚にいちゃつく

「ううううぅうう……」

「あはは、見事に燃え尽きているねぇ。お疲れ様」

「うぅ。ボクを散々弄んだんだから、りんちゃんには責任取ってもらわないと……」

「ほとんど綾佳の自爆だった気もするけど」


 フードコートに着いた途端、電池が切れたようにテーブルへと突っ伏した綾佳ちゃん。そんな彼女を労っている東雲凛の両手には、先ほど購入した衣服の詰まった紙袋がぶら下がっている。


「そうですわ! 責任でしたら凛さんの代わりにわたくしが取りましょう! 綾佳さんを着せ替え人形にして楽しんでいたのは、わたくしも同じなのですから」

「戸ケ崎さんってば、真顔でなに言ってんの!?」

「三食昼寝とおやつ付きで一生養って差し上げますわ。必ず幸せにしてみせますわよ?」

「うわぁ、正真正銘のダメ人間製造機だ……」


 珍しくハイテンションな姫乃ちゃんが、幼馴染コンビの会話に入り込んでいく。一生養うとかどうとか、何気にとんでもない発言が飛び出しているけど、まさか本気じゃない……よね?


「あ、あたしにだって責任はあるよっ」

「だから何のアピール!?」


 ひとりだけ蚊帳の外なのも嫌なので一応声を上げてみたものの、呆れ顔の東雲凛に速攻でツッコミを入れられてしまった。残念。

 そして、皆に揶揄われたと思ったのか、綾佳ちゃんがまた「ううぅぅぅう」と唸り声を漏らしている。これはどうやら重症っぽい。


「一旦フードコートで休むって選択肢を選んだの、正解だったみたいだね」

「たしかに、今の綾佳さんには心の休息が必要そうですものね」


 あたしもそう思う。だって、宣言通りに全て試着し終えたときの綾佳ちゃんは、まさしく満身創痍な様子だったから。そんな状態のままショッピングを続行するのは酷というものだろう。


「……ほんと酷い目に遭ったよ」


 そう呟きながら、綾佳ちゃんがため息をつく。

 まあ、なんだかんだで綾佳ちゃんも試着を楽しんでいたとは思うけどね。東雲凛に褒められるたび、めちゃくちゃ嬉しそうに頬を緩めていたし。ついでに言えば、あたしが褒めたときにもあのくらい乙女な反応をしてほしかったな……。


「それじゃ、わたしはあそこの店でソフトクリームでも買ってこようかな。皆、何味がいい?」


 紙袋を椅子に置いた東雲凛がそんな風に訊いてきたので、あたしたちは口々に好きなフレーバーを挙げていく。ちなみに、綾佳ちゃんはテーブルに突っ伏したままワサビ味を所望していた。……えっ、そんなのあるんだ!?


「凛さん一人で全て受け取るのは厳しいでしょうから、わたくしもついて行きますわ。白夜さん、貴女はここで綾佳さんを見守って差し上げてくださいまし」

「あっ、じゃあお金を先に渡しておくねっ」


 ノックダウン中の綾佳ちゃんと共にテーブルに残ることになったあたしが財布を取り出すと、東雲凛が慌ててそれを制止してきた。


「いや、え〜っと、アイスクリームは先日の件のお詫びってことで、わたしに奢らせてほしいなって」


 ……んんん?


 先日の件というのは、たぶん催眠術騒動のことだろう。実際には騒動ってほどのことじゃないし、誤解も無事に解けたんだけど。

 そうは言いつつも、誤解が生まれたあの日から暫く東雲凛の態度がおかしかったことは、あたしもなんとなく認識している。だから、彼女がそのことを詫びたいのだろうということも想像はできる。


 ただ、あれは本当に事故のようなもので、東雲凛が何か変な誤解をしたとしても仕方がなかったと思うの。それに、綾佳ちゃんが催眠状態に陥った直後、少なからず後ろめたいことをしていた事実もあたしにはあるわけで。主に「あやにゃん」とか……。そんなわけだから、お詫びと言われても正直困ってしまう。


「お、お詫びって……あれはべつに凜ちゃんが悪かったわけじゃないよ?」

「白夜さんの仰る通りですわ。お詫びなんてわたくしも求めていませんの」


 姫乃ちゃんと共に詫びなんて必要ないと主張するが、東雲凛は頑なにそれを拒み続ける。

 綾佳ちゃんも、空気の変化を感じ取ったのか気怠げに顔を上げたものの……いまいち何の話をしているのか分かっていない様子。まあ、綾佳ちゃんはあのとき半分寝ていたようなものだからなぁ。

 とりあえず、ポカンとした顔で小首を傾げた姿も可愛いからヨシ!


「二人からそう言ってもらえるのは嬉しいけど、これはわたしの気持ちの問題だから。お願い、ここは素直にお詫びさせて!」


 気持ちの問題、か。

 たしかに、東雲凛の中に罪悪感のようなものがあるのだとしたら、何かしら気持ちを切り替えるきっかけが必要なのかもしれない。これからも友人として一緒に過ごすのだから、尚更に。


「うん、わかった。じゃあ今回だけは……お言葉に甘えて奢ってもらおう、かな。その代わり、お詫びとかそういう水臭いことは、もうこれっきりにしよ?」

「いや、さすがにアイスクリーム程度でチャラってことにするのは申し訳ないというか……」

「これっきりに、しよ?」

「……日下部さんがそう言うなら」


 やっぱりね。東雲凛のことだから、きっと今日一日かけていろいろお詫びをしようと考えていたんだろうけど、それはいくらなんでも受け入れられない。

 あたしが妥協したのだから、彼女にも妥協してもらいたい。そんな意思が伝わったのか、東雲凛は渋々と頷いた。いい子いい子。


「ふと思ったのですけれど、ってない白夜さんって何気に珍しいですわね」

「はわわは動詞だったのか……」


 真面目な話題に区切りがついたところで、姫乃ちゃんが機転を利かして話題を変えた。それに東雲凛が反応したので、あたしも便乗することにする。


わわわわ」

「それ、なんか微妙に違うくない!?」


 わざとだよ、東雲凛。


 すっかりいつもの空気に戻り、あたしは内心でを撫で下ろした。……たわわなだけに。





「鼻の奥がツーンってなるよぉ!」

「ねぇ綾佳さん、それはアイスが冷たい所為ですの? それともワサビが辛い所為ですの? わたくし、とっても気になりますわ」


 鼻を押さえながら悲鳴を上げた綾佳ちゃん。その手に持っている緑色をしたアイスクリーム、本当にワサビ味なんだね……。


「痛むのが頭じゃなくて鼻の奥ってことは、たぶんワサビの所為なんじゃないかな」

「んんんんんん……辛いっ!」

「あはは、やっぱりワサビの所為だったね」


 笑いながらそう言った東雲凜は、自身のアイスクリームをスプーンで掬うと、慣れた手つきで綾佳ちゃんの口元へと運んでいく。


「ほら、わたしのキャラメル味でお口直ししなよ」

「りんちゃんありがとぉおお! それじゃ……あむっ」







 えっ……????




 なんか今、ものすっごく自然な流れで「あ~ん」していたんだけど!? 綾佳ちゃんは綾佳ちゃんで、当たり前のようにそれを受け入れちゃったし。これが幼馴染特有の距離感ってやつなのだろうか。あまりにも恐ろしすぎる。


「ちょっと!? 凛さん、それはズルいですわよっ」

「はわわわわわ」


 先日「あ~ん」しようとして止められていた姫乃ちゃんが抗議の声を上げたのは当然だと思う。ついでに、あたしも思わずってしまった。


「あぁ、もしかして二人もキャラメル味のアイスを味見してみたかった感じ? いいよ、それじゃ一口ずつあげるから口を開けて」


 そんな真っ当なノリで返されると、妙に意識して取り乱してしまったあたしたちの方がおかしいんじゃないかという感覚に陥る。まあ実際、女友達同士ならこのくらい普通のことなのかもしれないけど。

 ……あれ? もしかして本当にあたしたちの反応の方がおかしいの?


 なんて具合にあたしたちが戸惑っている隙に、綾佳ちゃんが東雲凜の差し出したスプーンを勢いよく咥え込む。なんで!?


「あっ、こら!」

「もう、ダメだよ。りんちゃんが『あ~ん』していいのはボクだけなんだからっ」

「べつにダメってことはないでしょ。綾佳ってば、食い意地張りすぎ」

「……とにかく、ダメったらダメ!」


 また目の前でイチャイチャし始めたよ、この幼馴染コンビ。胸の奥が妙にざわついて変な気分。


「また目の前でイチャイチャし始めましたわ、この幼馴染コンビ……」


 おっと、姫乃ちゃんと感想が被ってしまった。


「いちゃいちゃ……?」

「……戸ケ崎さん、何言ってんの?」

「「いやいやいや」」


 あんなやりとりを恥ずかしげもなく見せつけておいて、揃って無自覚なんてのはおかしいでしょ!? 怪訝そうに首を傾げる二人に対し、あたしと姫乃ちゃんのツッコミがハモる。

 さて……こうなったら、あたしたちも負けじと張り合うしかないと思うの。


「あ、綾佳ちゃん! あたしのも味見してみてっ」

「わたくしのマンゴー味もぜひ食べてみてほしいですわ! ほら、あ~ん」

「ちょっ、二人とも、なんで目が血走っているのさ!?」


 同時に迫られて困惑しているみたいだけど……ごめんね、諦めて受け入れて? だって、あたしも綾佳ちゃんに「あ~ん」したいんだもん。

 ほっぺたにアイスを押し付けられそうになった綾佳ちゃんが咄嗟に口を開いたので、あたしはすかさずスプーンを突っ込む。


「ぬぁああああ!? 頭がっ、頭がキーンって!」


 その後、あたしたちが満足するまで綾佳ちゃんへの餌付け合戦が繰り広げられたことは言うまでもないだろう。ふぅ、ある意味お腹いっぱい。




 余談というか今回のオチ。


 帰宅後にこのときの出来事を思い返し、と気がついたあたしは勢いよく鼻血を吹き出した。



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なんかこの子、隙あらば鼻血を吹き出している気がするなぁ……。


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