須藤香苗は想像力が逞しい

 姫は高校に進学してから変わってしまった。彼女の中で、わたし以上に優先度の高い相手が出来てしまったのだ。もちろん姫は良い子だから、それを態度には出さないのだけれど、彼女との付き合いが誰よりも長いわたしにはそれが理解できてしまう。

 ……いや、お昼一緒に食べてくれなくなったり、頻繁に隣のクラスへ足を運ぶようになったから、全く態度に出ていないってことはないな。訂正。


 要するに、姫は恋に落ちている。


 そして、姫を誑かした不届き者の名前は

 なんでも彼女は、姫だけでなく学園のアイドルやクールな美少女まで侍らせているらしい。わたしは姫以外に興味がないから、他二人のことを詳しくは知らないけど。ともかく、姫の惚れた相手は百合ハーレムを築いているような、ふしだらで最低な女なのだ。


「百合……ハーレム!? ええっと、ごめん。話が全く掴めないんだけど」

「しらばっくれても無駄よ、東雲! あんたの噂は散々耳にしているんだから」


 わたし、須藤香苗すとうかなえは宿敵を睨みつけてそう叫んだ。少しばかり身長が低くて幼顔なわたしだけど、これだけ敵意を剥き出しにすればさすがに舐められることもないだろう。ガルルルル。


「あ~、たしか須藤……香苗さんだっけ? 実際リアルで会ってみると、想像以上にロリっ子だなぁ」

「今わたしのことロリっ子って言った!?」


 ……前言撤回。どうやらめちゃくちゃ舐められているっぽい。ロリって言うな、同級生だっての。

 ま、まあ良い。そんなことより、東雲がわたしの名前を知っていたことの方が驚きだ。なんか以前からわたしのことを知っていたような口ぶりだし。ちょっとした有名人である彼女と違って、友達が少ないわたしのことを知っている奴なんてそんなにいないと思うんだけど。


「あっ、もしかして姫の口からわたしの名前を聞いたことがあったとか?」

「う~ん……そうね、とりあえずそういうことにしておきましょ」


 姫はわたしの親友だ。小学生の頃からずっと一緒に過ごしてきた、たった一人の大切な親友。

 だから、何かの拍子に姫がこの女へわたしのことを喋っていたとしても不思議ではないと思ったのだけれど。東雲の返事は何処か含みのあるものだった。


「その反応、なんだか怪しいわね」

「怪しくなんて……」

「まあいいわ、そんなことより」


 そう、わたしのことなんてどうでもいいのだ。

 わたしは、ここへ来た理由を思い出して宿敵の眼前へと迫り寄る。


「す、須藤さん!?」

「あのさぁ、姫のこと誑かs……」


 姫のこと誑かすの、やめてほしいんだけど。

 そんな台詞を言い切る前に、背後から誰かがわたしのシャツを引っ張っていることに気づく。


「ねえ、りんちゃんに近づきすぎ」


 不機嫌そうな呟きに誘われて振り返ると、そこには黒々とした瞳でわたしを睨む美少女がいた。


 ふむ、たぶんこの子が噂の「学園のアイドル」なのだろう。そう一目で判断できるくらいには整った顔立ちをしている。わたしの記憶が正しければ、苗字は冬目だったはず。なるほどなるほど、噂通りなかなかに可愛い子じゃないか。姫の次くらいには……いや、下手したら姫と同じくらい可愛いかも。

 って、違う違う。呑まれちゃいけない。


「わたしは東雲に言いたいことがあるの。だから、その……邪魔しないでほしいんだけど」

「ううん、邪魔する。だって、意味わかんないこと言って、りんちゃんの気を惹こうとしているんでしょ? いくら夏服のりんちゃんが可愛いからって、そんなの許さないんだからっ」

「……はい?」


 わたしが東雲の気を惹こうとしている?

 あまりにも予想外の言葉が飛び出してきたもので、わたしは素で首を傾げてしまった。


「えっ、違うの……?」


 わたしの反応が意外だったのか、途端に不安そうな表情を浮かべる冬目さん。その姿はまるで小動物のようで、先ほどまでの禍々しいオーラは何処かへと吹き飛んでしまっている。破壊力ヤバッ!


「…………冬目さん可愛すぎ。結婚したい」


 ……ん? 今わたし何て言った!? 自分の口からポロっと漏れ出た言葉に自分で驚く。

 というか、なんだこの胸のときめきは。わたしが恋愛的な意味で好きなのはだけなはずなのに。これじゃ、顔がちょっと良いだけで、簡単に心を奪われてしまうミーハー女みたいじゃないか。


「いや、何いきなり綾佳のこと口説いてんの!?」


 おっと、今度は東雲の機嫌が悪くなった模様。わたしは気持ちを切り変えて東雲を再び睨みつける。


「ふぅん、ハーレムなんて築いているくせに意外と心が狭いのね。べつに口説いているつもりなんてなかったのだけれど……貴女のハーレムを壊すためなら、それもありかもって気分になってきたわ」


 いや、そうじゃないでしょ。わたしはさっきから一体何を言っているんだ。ただ姫を連れ戻しに来ただけのはずなのに。


「何それ……さっきから須藤さんの言っていること意味わかんないんだけど。ってか、綾佳を巻き込むつもりなら戸ヶ崎さんの知り合いでも容赦しないよ」


 バチバシと視線がぶつかり合う。だから何これ。


「あれ? もしかしてボクの所為で余計に話が拗れちゃった……?」


 へぇ、冬目さんって一人称ボクなんだ。なんだかみたいで可愛いな。東雲との口論の最中なのに、ついつい思考が逸れてしまう。


「はわわわ、修羅場だよ修羅場だよぉ〜。でもでも、せっかくならあたしも混ぜてほしいの!」

「シロちゃん、さっきから巻き込まれたがるね!?」


 シロちゃん? あぁ、日下部さんのことか。

 この子の苗字も何度か噂で耳にしたことがある。下の名前、もしくはあだ名がシロなんだろうか?

 ……シロって呼び名は初耳のはずだけど、なんかどっかで聞いたことある名前な気がしないでもない。


 そんな具合に余計なことばかり考えていると、姫がわたしの肩を掴んできた。


「御三方とも、いい加減になさいまし」


 お叱りごもっとも。わたしは慌てて姫に謝る。


「あっ、姫、ごめん。そうだよね、ちゃんと真面目に姫を魔の手から救わないとだもんね!」

「あのねぇ、香苗さん……すぐそうやって思い込みで暴走するのは貴女の悪い癖でしてよ?」


 思い込み? 暴走? いやいやいや。姫が恋にうつつを抜かして親友であるわたしのことをないがしろにしていたのは紛れもない事実だと思うんだけど。


「たしかに、最近のわたくしの態度を改めて顧みてみれば、反省すべき点も多々ありますけれど……。それにしたって、何がどう転んだら凜さんがわたくしたちを誑かしているなんて結論に辿り着くんですの? まったくもう、貴女という人は」

「えっ、でも……姫、間違いなく恋しているよね?」


 十年近く姫と一緒に過ごしてきたわたしの目が節穴であるはずがないのだ。わたしは尚も食い下がる。

 ほんの一瞬、姫の視線が揺れた気がした。


「相変わらず、鋭いのかそうでないのか分からない子ですわね……。とにかく、凛さんのハーレムなんてものは存在しないから安心なさい。ねぇ、白夜さん」

「あ、うん。それは絶対ありえないよ」


 むむむ、当事者二人に否定されては考えを改めざるを得ない。それに、姫は恋していること事態は否定しなかったわけで……。あれ? もしかしてデキているのって姫とシロさんの二人だったり? なんだか息も合っている様子だし。


「なら別に問題はない、のかな」


 そりゃまあ、親友を取られたみたいで悔しくはあるが、悪い女に騙されたり弄ばれているわけじゃないのなら、交際を邪魔する権利はわたしにはない。わたしはわたしで好きな人いるしねぇ。

 それはそれとして、もう少し親友であるわたしのことも構ってほしいとは思うけど。その辺はなんとなく姫も反省してくれているみたいだから良しとしよう。


「一応の確認だけど、姫たち四人の関係って……」

「もちろん、ただの仲良しグループですわ。凛さんと綾佳さんは幼馴染同士ですけれど」


 あっ、なるほど、幼馴染。

 つまりわたしと姫の関係みたいなものか。それならさっきの態度にも納得がいく。幼馴染にちょっかいをかける奴がいたら、威嚇するのは当然だろう。わたしだって似たような理由で乗り込んできたわけで。幼馴染って特別な存在だからね。


 あぁ、そうそう。幼馴染と言えば、も幼馴染の話ばかりするし……。






 ん?


 ……あれ?


 ちょっと待った。


 まさか、まさか、そんなまさか。




 に気がついたわたしは、友人たちとじゃれ合っている少女を凝視する。


 冬目綾佳。冬目さん。

 ボクっ娘で、仲の良い幼馴染がいて、友人のひとりをシロちゃんと呼び、お嬢様である姫と親しく、初対面のはずなのにわたしの心を奪いかけた女の子。

 それら全てがパズルのように繋ぎ合わさって、わたしにひとつの可能性を示している。


 ねぇ……。

 もしかして、■■■■の■■って■■■■?


 わたしは心の中で彼女に問うた。



────────────────────



君のような勘のいいガキは(以下略)


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