第7話 無関心すぎる父との邂逅

 二日後、俺はレベル100を超えたので次なる狩場を求めて少し遠くに行くことにした。しかしそうなると一ヶ月は家から離れたいので、流石に両親に直接伝えないとマズイ。一ヶ月もいなければ絶対にバレるし、そうなれば何をしていたか聞かれてしまう。だったら先手を打って誤魔化しておいた方がいいだろう。


 というわけで俺は父上の執務室の前に一人で立っていた。俺……というかアレンが父の部屋を訪れるのは何年振りだろう。基本放置だったし、こっちからも話しかけようとしなかったからな。もう忘れてしまうくらい前のことだ。コンコンと扉をノックすると中から声が聞こえてくる。


「誰だ?」

「アレンです」

「……そうか。入れ」


 俺が返事すると父の声音はすぐに興味を無くしたものになった。やはり父にとって俺はどうでもいい存在らしい。しかし俺としてもそっちの方が助かるのでウィンウィンだな。


「失礼します」


 俺はそう言いながら部屋に入った。趣味の悪い絢爛な装飾品は相変わらずで、その相手を見下すような下劣な目も相変わらずだった。俺が部屋に入っても父はプカプカと葉巻を吸いながらお金を数えているだけで、こちらを一切向こうともしない。


「それで? どうした?」


 冷たく突き放すような声音で父は言った。しかし今父と喧嘩するのも時間を取られてしまい面倒なので、少しへりくだった感じで返す。それに今の俺だと父には敵わないからな。


「すいません、父上。少しご相談がありまして——」

「俺は忙しいんだ。早く話せ」

「はい。ちょっと野暮用で一ヶ月ほど家を離れたいのですが……」


 俺が言うと、そこでようやく父はチラリとこちらを見た。しかしすぐに興味を無くし視線を大量に積み上がっている金貨に移すとつまらなそうに口を開いた。


「構わん。というか一生帰ってこなくても良いぞ」

「……そうですか。ありがとうございます」


 俺は頭を下げると部屋を後にした。一生帰ってこなくていいと言われ、心の中ではガッツポーズである。今すぐにでも踊り出したいくらいだ。自由を欲していたらすでに自由を手に入れていたらしい。やったね。まあどうせ俺が頭角を現し始めたら呼び出されて『うちに戻ってこい』とか頭ごなしに命令されるんだろうが。それまでは当分自由を謳歌できそうだ。


 その頃には間違いなく父やエイジなんか目じゃないくらいに成長できているだろうし、呼び出されたところで何の障害にもならなそうだ。もし家業を継ぐことを強要されれば、思い切り反駁してやろう。


「さて……というわけで行きますか、断崖都市リアブール」



+++++



 断崖都市リアブール。それはその名の通りリアル渓谷に張り付くように広がっている都市のことだ。アルカナ国の中でも随一の貧民街で、国内でも最北端に位置していた。北の街ということでとても寒くて日照時間も短く、周囲の土地も地盤が弱いせいでろくに穀物も育てられないので、一生貧困生活を送っているみたいだった。


「とうとう着いた……。しかし寒い」


 乗合馬車を転々とすること三回目、ようやくリアブールに辿り着いた。これだけで四日もかかった。目の前に聳える断崖から飛び出るように居住地が広がっている。その周囲の土地は思っていた以上に柔く、踏み込むたびにゆっくりと沈んでいってしまうほどだった。


 足を取られながら断崖に近づき、所々に空いている穴のうちの一つに入った。松明がチラチラしているだけでかなり薄暗く、転ばないように気をつけながら上っていく。


 俺がこの街に来たのは不人気ダンジョンの一つ『ワイバーンたちの天空世界』を攻略するためだった。これが不人気である理由として、落ちたら即死のオワタ式ダンジョンだということと、ワイバーンが大量に沸いていて死ぬほど難易度が高いという理由がある。普通ならレベル四桁に届いてから攻略するダンジョンで、しかも四桁になっても攻略しにこようとは思わない。


 しかし俺はこれを攻略するための裏技を極めていた。まあ裏技と言っても運営が明確に設置した裏技なのだが。あの時代のゲームはAIの発達によりバグは駆逐されていたからな。意図的に作ったとしか思えない。その分難易度は異常に高いし、そもそも人間が成功できるとは思えないレベルだけどな。


 その裏技を使うために俺は『武器チェンジ』というスキルが必要だったのだ。しかしそれは入手済みで、レベルもちゃんとマージンとって100を超えてきたので、準備は万全だ。


 そんなことを考えながら階段を上がると、一つの広間に出る。そこから奥に進むには門番に門を開けてもらう必要があるみたいだが、間違いなく俺が貴族だというのは伝えない方がいいだろう。ここは貧民街だ。貴族だというのがバレた途端、間違いなく狙われる。負けるつもりはないが、わざわざ手を汚す必要もない。


 なので俺はとある言い訳を考えながら、にこやかな笑みを浮かべて門番の方に近づいていくのだった。

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