第9話 無駄にやりすぎる男

 やべっ、ちょっと言いすぎたかな。俺はその発言した後にようやく気が付く。でも口から出てしまったのでもう取り返しはつかない。うん、仕方がないか。言ってしまったもんはどうしようもないしな。そう開き直ると青筋を立てて射殺さんばかりにこちらを睨んできているバンドムに片手をあげて、キザに立ち去ろうとするが……。


「貴様ァ! どこに行くつもりだ!」


 あっ、怒られた。そりゃそうだよなぁ。あれだけ煽っておいて許してくれるわけないよなぁ。ちょっと殺されそうになったから反射的に煽り散らかしてしまったが、余計に怒らせるだけだよな。俺の悪い癖だというのは理解している。命や尊厳が脅かされると、反射的に煽り相手に攻撃させてしまう。煽ることで相手から攻撃してくれば正当防衛で安心してフルボッコにできるからな。


 前世、中学生の頃。まだ俺が学校というものに多少の期待を抱いていて、他人に対して歩み寄ろうとしていた時期の頃だ。俺が好きな女の子と付き合った途端、ヤンキーたちのイジメの標的にされた。どうやらヤンキーたちのボスがその子のことを好きだったみたいだが、俺にとっちゃ知ったこっちゃない。というか、先に告白でもすれば良かっただけなのに、なぜそうしなかったのかが分からない。しかしそいつらに校舎裏に呼び出され、ナイフで脅された挙句、俺はそいつらを


 それで責められたのは。元より体を動かすのが好きで、空手部で全国大会に出場するほどだったのもあり、ただナイフを持って気が強くなっただけのヤンキーたちでは相手にもならなかった。しかし相手から呼び出され煽られて、あまつさえ殺されそうになったのに、結局大人たちから責められたのは先に手を出した俺の方だった。


 それ以来、俺は引きこもるようになり、このVRRPG『ブラッド・ワールド』のRTAにハマるのだが、その時の経験から俺は『自分から手を出さない』というのを徹底している。そのせいで、命の危機に陥ると自動的に煽るようになってしまった。自分から攻撃できないからな。煽り攻撃を引き出すしかないのだ。


 そしてその思惑通りというか、無意識通りというか、バンドムは傍に立てかけてあった直剣を手に取るとズンズンと俺に向かってやってくる。俺はこのパンイチニンジンスタイルをするために荷物は全部少し離れたところに置いてきてしまい、しかも当然ながら武器を隠すところすらないので、素手で対決する必要があった。


 まあ素手でも負ける気はしないが、穏便に済ませて赴くままにダンジョン周回するという夢が途絶えそうだ。……いやでも、待てよ? 逆にこいつらをコテンパンにして、この街から追い出せば、いくらでもダンジョン周回できるか?


 どうやら俺は天啓を得てしまったらしい。確かにそうだな、こいつらをフルボッコにして追い出せば何も問題ない。


「テメェだけは絶対に殺す! 死んで詫びろ!」


 鞘から剣を抜き出し、片手で俺に向かって振ってくるバンドム。助かった。両手でしっかりと振られていたらちょっと面倒だったが、片手で適当に振られた剣なら余裕で『ジャストパリィ』ができる。だから振り抜かれ俺を真っ二つに切り刻むと思われていたその直剣は、タイミングよく俺のに弾き返され、バンドムはスタンを食らってしまった。


「……なっ!? す、素手パリィだと!?」

「素手パリィって確か最高難易度の技なんじゃあ……!」

「あっ、あり得ない! あんな餓鬼がバンドム様の剣を素手パリィするなんて!」


 驚きの声がバンドムの部下たちから上がる。確かに二年前までの俺だったら、素手パリィの成功確率は七割弱だった。しかし新しいRTAチャートに組み込んでしまったせいで、死ぬほど練習して十割で成功できるまでになってしまった。うん、これに関しては頑張った自信がある。


 素手パリィの成功方法は普通じゃない。相手の攻撃のうち、コンマ0.1秒の間のタイミングで弾き返さないといけない。失敗したらもちろん死ぬ可能性が高いので、RTAの場合だと最初からやり直しになる。しかし素手パリィには成功できれば様々なメリットがあるからな。例えばステータス値関係なくパリィができるとか、魔法もパリィできるとか。その分、鬼畜難易度なのは間違いないが。


「な、な、なんだよお前は……!」


 怯えた目でこちらを見つめ、震える声で見上げてくるバンドムに俺はどうするか考える。う〜ん、放置するのは面倒だから無し。かと言って殺すのも面倒になりそうだ。ということは……やっぱり撮れる選択肢は一つだけみたいだった。


 弾かれて飛んでいったバンドムの剣を拾い上げると、俺はそれを持って彼の方に近づいていく。彼の部下たちは固唾を飲んで見守るだけで、誰も手を出してこない。


「おい、バンドム」

「な、なんで俺の名前を……」

「そんなことはどうでもいい。それよりもお前、俺の傘下に入れ。俺はアレン・オックスフォード。オックスフォード家の長男である」


 俺が言うと周囲の人間たちがザワザワと騒ぎ出した。


「おい、アレンって落ちこぼれで有名な、あのアレンか?」

「間違い無いと思うが……落ちこぼれ?」

「もしかして実力を隠していたのか……? でもなんのために?」


 部下たちはそんな話をし始め、バンドムが侍らせていた女性陣は、


「ねえ、聞いた? お貴族様ですって」

「私、玉の輿狙えるかしら?」

「いいえ、私が先よ。もうバンドムの機嫌取りは面倒になってきてたの」


 そんな血も涙もない会話を繰り広げている。


 しかし俺はそんな雑多な会話は当然無視して、スタンのせいでいまだに動けず、怯えて震えているバンドムに、とある構想を練りながらこんな話を持ちかけるのだった。


「俺の傘下に入れば先ほどの狼藉は見逃してやるし、ある程度の力は授ける。しかしその代わり俺の傘下に入るってことは、悪どいことは全面的に禁止してもらう。もちろん、貴族どもへの奴隷の斡旋は禁止となる」

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