第8話 断崖都市を支配する者

「おい餓鬼! ここに何しにきた!」


 俺が門に近づくと厳つい門番二人にそう話しかけられた。門番にしては見た目が輩だし口調も粗暴だ。貧民街なのだから当然だと思うかもしれないが、これには少し深い意味がある。そもそもよく考えて欲しい。貧民街にわざわざ門を設置する必要があるのかと。


 お金がなく食べ物がなく浮浪者と孤児と輩が跋扈する街に誰が悪さをしようと入ろうと思うのか。そもそも悪に染まった街に一人や二人悪人が入ってきたところで何も変わらない。つまりこの門は街に入るのを制限しているわけではなく、制限しているのだ。


 どういうことかというと、この街には全てを取り仕切る【バンドム組】という組織がいて、そのバンドム組は他の街の住人にこの街から奴隷の斡旋をしながら儲けを出している。だから彼らは、この街から人が逃げ出さないように見張るべく、仰々しい門を設置して、まるで牢屋のように貧民たちを囲っているわけだ。


 だからこそ俺が取れる選択肢は二つ。取引相手の貴族として潜入するか、はたまたお金がなくなって流れ着いた哀れな奴隷として潜入するかだ。ゲーム時代でもこのNPCに対する言い訳の仕方で取れる選択肢が変わったが、おそらく今回も同じ方法が使えるだろう。


 で、貴族として潜入するとおそらく縛りが多過ぎて攻略どころの話ではなくなるはずだ。だから奴隷として潜入し自由を手に入れた状態で好き勝手レベリングができるようにしなければならない。というわけで、俺は——。


「……食べ物、ここにはないの?」


 可哀想な捨て子を演じることにした。まあ捨て子に関しては意外と当てはまっている気もするが、この幼き十歳がパンイチニンジンスタイルをしていれば「ああ、こいつは何も持たせてもらえず捨てられたんだな」と思わせることができるだろう。え? ニンジン要素はいらないって? これは伝統美だ、許せ。


 俺の問いに門番たちの目が爛々と輝くのを感じ取る。つまり新たな餌が現れたとしか考えていないのだろう。


「食べ物ならある。それよりも両親はどうした?」

「気がついたらいなくなってた。楽しいところに連れて行ってくれるって言ってたのに」


 その言葉を聞いた門番たちは笑みを隠せない。そりゃそうだろう。この奴隷を組長バンドムのところに引っ張っていけば彼は讃えられる。嬉しくないはずがなかった。


「そうかそうか。もしかしたら両親はこの中にいるかもしれないよ? ちょっとついてきな」


 片方の門番が言って俺を連れて行こうとする。しかしそれにもう片方の門番が待ったをかけた。


「ちょいちょい、そいつを連れていくのは俺だ」

「いいや、最初に声をかけたのは俺だろう?」

「でもこいつに適性があると見抜いたのは俺だ」


 グヌヌと二人は睨み合っていたが、結局じゃんけんで決め、最初に声をかけてきた方の門番になった。


「くそが。俺だって褒美が欲しかったのに」


 そんな負け台詞を背中に聞きながら、俺はあっさりと断崖都市リアブールに潜入することに成功するのだった。



+++++



 リアブール内は基本、アリの巣のように全ての部屋が廊下で繋がっている、みたいな方式で作られている。だからたくさんの住人の目に晒されながら奥に向かって歩いていっているのだが、その度に彼らに不憫そうな視線を向けられる。


「着いたぞ。ここがバンドム様のいる大部屋だ」

「バンドム様って? お父さんとお母さんは?」

「……それは入ってみれば分かるだろう。さあ、早く入るぞ」


 門番はワクワクした表情で俺を促す。早く褒美が欲しいのが目に見えるように分かる。そして門番に背中を押されて大部屋の中に入ると、そこでは巨大な椅子に座り、周囲に女性を侍らせてふんぞり返っている男がいた。


 こいつがバンドムだ。


「おう、ベン。どうした、そいつは?」

「バンドム様。こいつはおそらく捨て子で、迷い込んでこの街の門までやってきたのです」


 ベンと呼ばれた門番の言葉を聞いたバンドムは品定めするように俺を見た。ジロジロと俺を見定めると、突然嘲るようにふっと鼻で笑ってきやがった。


「何だこの気持ち悪い餓鬼は? 体が細過ぎて奴隷にも使えないだろ」

「す、すいません! でも利用価値は必ずあるかと……!」


 バンドムの言葉で自分の立場が危うくなったことを悟ったベンは慌てて叫ぶ。それを聞いたバンドムは頬をついていた手を右手から左手に変え、言った。


「殺せ。こいつはいらん」


 おっと。そうなったら話は別だ。まだ死ぬ気はない。へりくだる必要があるのならいくらでもへりくだるが、死ぬってなったら流石に話は別だった。せっかく穏便に済ませるべく演技してやったのに、それを不意にしてしまう愚かさに俺は思わずため息をついてしまう。


「はぁああ、いるよねぇ、アンタみたいな人。いつまでも井の中の蛙で、常に強者の立場に立ち好きなものは全部手に入り、人の命も簡単に奪えると勘違いしてる人、いるよねぇ。ホント、可哀想な人。まあそういう人って自分が井の中の蛙だと自覚できず、ちゃっちいものを手に入れただけで全てを手に入れたと悦に浸り、常に自分が強者だと思っているから自分より強い人間が現れることを想像できない。どこから刺されるかも分からないのにねぇ」

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