第3話 我が弟エイジの傲慢

 高速ダンジョン周回をして少し買い物を済ませてから屋敷に戻ると廊下で弟エイジに絡まれた。彼はニマニマとした気色の悪い笑みを浮かべて俺の前に立ちはだかり嘲るようにこう言った。


「アレン兄さん。今日もまた無駄に頑張ってレイアに魔法を教えてもらってたみたいじゃないか。それで? ちゃんと成長はできたのかい? まあ兄さんが成長できるわけないだろうけどね。無能だからね。はははっ!」


 よくもスラスラと悪口が出てくるものだ。しかし俺はもうアレンではなく、内面的にはこのゲームを人生をかけてやり込みすぎた別人格だし、そもそも今日の周回だけでおそらくエイジのレベルやステータスは超えてしまったので、過度に恐れる必要もなかった。


「それはそれは、有能なエイジに色々と教えを乞いたいものだ」


 思わず皮肉ってそう言ってしまったが、その皮肉はエイジに通じなかったみたいで機嫌良さそうに何度も頷いた。


「ははっ、兄さんもこの僕に教わりたいとはなぁ。あんな馬鹿でドジで間抜けなレイアよりも、やっぱり僕に教わった方がいいんじゃないか? まあ兄さんじゃ僕の特訓について来られるとは思えないけどね。なにせ僕は兄さんに比べて死ぬほど努力してるし、有能だからなぁ」


 ドヤ顔で見下すようにそう言ったエイジ。やっぱりエイジはそこまで頭が良くないらしく、皮肉も理解できていなかった。なので俺はもう少し分かりやすい言葉で皮肉ってあげることにした。


「いやぁ、エイジはやっぱり凄いなぁ。俺に比べて死ぬほど努力して有能だなんて、流石だなぁ。そんなことを自信満々に胸張って吹聴して、自分が負けることになるのも想像できないとは流石エイジって感じ。面白いね、エイジは。……あ、面白いと言っても別にユーモアがあるわけじゃなく、どちらかと言えば滑稽って意味なんだけどね。って、そもそも滑稽って難しい言葉を知らないか。ごめんな」


 途中までは機嫌良さそうに聞いていたのに、段々と馬鹿にされていることに気がつき始めたのか顔を真っ赤にし始める。


「兄さん。殺されたいのか?」

「いいや? 殺されないと思っているから言ってるんだよ」


 俺は世界一になる男だ。こんな木っ端に殺されるとか、そんな馬鹿なことは天地がひっくり返っても起こらない。まあしかしこんな木っ端に構う時間も正直無駄なのだが、ちょっと今のうちにコテンパンにしておかないと、いつまでも足を引っ張ってきそうだからな。邪魔者は最初に心を折っておく。これ、爺ちゃんの教えな。


「なんだとぉ……! 兄さんは今ここで殺してやるよ。どうせ父上も母上もお前のことなんて一切気にかけていないんだ。間違って殺したところで何も言われないはずだ!」


 額に青筋を立ててエイジは手に持っていた杖を掲げた。俺とエイジの距離は三メートルくらい。魔法スキルを使うには詠唱が必要だし、その詠唱も殺傷能力を持つレベルの魔法にするとどうしてもめちゃくちゃ長くなってしまうのだ。この距離で魔法という選択肢しか出て来ない感じが、流石は頭の固いオックスフォード家って感じだな。魔法が万能で魔法を使えば全て解決できると思っているみたいだった。魔法馬鹿、ここに極まる、って感じだな。


「氷結の魔力を纏いし鋭利なる物質よ。我の求めに応じて顕現せよ。さすれば宣言しよ——」


 わざわざエイジのクソ長い詠唱を待ってやる必要もなかったので、俺は腰に帯刀していたレイピアを引き抜いてその心臓を的確に突きにいこうとした。確実にその先端はエイジの心臓を捉えていたはずなのに、そこに到達する前にボロボロとレイピアが灰になって崩れていく。何が起こったのか理解する前に俺たちに向かって声がかかった。ちなみに心臓を突き刺されそうだったことを今さら理解したエイジは、腰が抜けてペタンと地面に座り込んでいた。


「そこまでです、アレン様、エイジ様」

「……レイア」

「エイジ様、ひとまずここはお引き取りください。それはアレン様は、まずはこちらに」


 そう言って俺の手を引いてレイアは自室に引っ張っていった。彼女はこのオックスフォード家に専属家庭教師として雇われている元C級冒険者であり、頭に元が付く通り若くしてすでに冒険者を引退した魔法使いだ。最難関であるアルカディア魔法大学を首席で卒業し天才魔法使いとまで呼ばれていたのだが、成り上がるよりも前にパーティーでのいざこざでメンタルブレイクを起こし、こうしてこの家で家庭教師なんかをしている。しかし首席卒業ということもあり、知識や技術は十分で、他人に教えるのもとても上手だった。まあ今まではその期待に応えられずアレンはずっと腐っていたわけだが。


 基本、魔法スキルにはセンスが求められるからな。同じレベルで同じスキルでも、詠唱によっては発生速度や威力が全然変わってくる。つまり詠唱内容が魔法スキルの根幹を決めるのだが、その理論は前世で死ぬほど考察してきた。これも俺にとっては最適化が済んでしまった事象なのだが、それは置いておいて。俺は引きずられるままにレイアの部屋まで連れてこられると、扉を閉めてため息をつかれて、こう言われるのだった。


「はあ……。まずお帰りなさい、アレン様。ご無事で何よりです。しかしなんであそこまで煽ってしまったのですか? というよりどうやってあんな早くレイピアを突きつけることができるようになったのですか?」

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