第2話 巨人ダーマの精神世界

「アレン様、お水を持ってきました……って、どうかしたんですか?」


 レイアはコップに水を汲んできてくれたらしい。両手で抱えながら持ってきたが、俺の様子がいつもと違うことに気がついたのか、不思議そうに首を傾げた。そんな彼女から俺はコップを受け取り、一気に水を飲むとこう言った。


「レイア、俺は今から『巨人ダーマの精神世界』に向かうつもりだ。だから両親に俺のことを聞かれたら誤魔化しておいてくれ。……まあ、あいつらが俺に興味を示すとは思えないから、問題ないとは思うが」


 いきなり雰囲気が変わった俺にレイアは目を白黒させている。転生する前の俺はどちらかといえば幼く癇癪持ちだったからな。理路整然と話し始めたことに困惑しているのだろう。しかし俺は別にこの世界で演技をしながら生きていくつもりはない。目指すのは世界一のみ。世界一には嘘も小細工も必要ないのだ。


「ええと、巨人ダーマの精神世界ですか……? いきなりどうして……?」

「深い理由はない……わけではないが、もちろん教えるつもりはない。それに、どうせここから徒歩で二時間くらいだろ?」

「まあ近いと言えばそうなんですけど、あのダンジョンはまだ……」


 言いにくそうにレイアは言葉を濁す。おそらく俺のレベルじゃ危険だと言いたいのだろう。確かにあのダンジョンは俺のレベルには見合わない。その反応もよく分かる、が。


「大丈夫だ。レイアの危惧しているようなことは一切起こらないし、日が暮れるまでには帰ってくるさ」

「でも……」

「これは主人としての命令だ。俺が外出することは一切漏らさないこと。そして俺を黙って行かせること」

「わ、分かりました。命令なのであれば仕方がありません」


 不安な表情は消えていないが、一応レイアは頷いてくれた。これで俺が『巨人ダーマの精神世界』で経験値を荒稼ぎしていることを家族に知られることはないだろう。おそらく現状での俺のステータスではこの家から逃れられない。この状況で間違えて高速周回のことを知られたりすると、無理やり聞き出される、みたいに面倒なことになるからな。まずはレベルを上げ切ってからでないと。


 このゲームにおいて、それぞれキャラクターは三つのタイプに分類できる。それは【早熟型】【標準型】【大器晩成型】の三つだ。つまりレベルやステータスの上がり方にそれぞれ違いがあるよ、ってだけなのだが、これが最終的に馬鹿にできない差を生み出す。で、アレンの記憶を辿ってみると、おそらく弟が【早熟型】で、俺が【大器晩成型】だろう。


 この世界はまだステータス関連に関しては最適化されていない。だから一番序盤に伸びやすい【早熟型】が天才だとされやすいみたいだ。しかしレベルが上がり四桁を超える頃には【大器晩成型】を超えられるタイプはいなくなる。レベルを上げにくく序盤に苦労する【大器晩成型】だが、それを超えられればあとは天国が待っているだけだ。


 RTAを行うとき、主人公を【大器晩成型】で始めることが基本だ。というより、他のタイプを使ってRTAしようとするなら間違いなく他の走者に馬鹿にされるだろう。一見レベルを上げにくく不利だと思われがちだが、最適解は何度考えてもこの【大器晩成型】になってしまうのだ。まあつまり【早熟型】はストーリーだけで満足するライト層に向けた救済措置でしかない。


 つまり弟エイジが持て囃されるのは理解できるが、俺からすると憐れみになってしまう。といっても俺がレベル上げを手加減するつもりはないが。


「それじゃあちょっくら行ってくる」


 いずれにせよ、俺はレイアにそう言ってダンジョンに向かうのだった。



+++++



 このゲーム世界において身軽さっていうのはそれだけで武器だ。装備重量が増えれば増えるほどAGI、つまり素早さにデバフが掛かるようになっている。だからRTA走者の中でダンジョン周回するときに一つの決まった型があるのだが……。


「うむ、このパンイチニンジンスタイルが一番速く動けるな」


 パンイチニンジンスタイルと呼ばれるそれは、装備品全てを脱ぎ去り下着一枚とニンジンっぽい形をした突起状の頭装備だけの状態で周回をすることだった。これが一番AGIが出て、かつ頭装備のおかげで獲得経験値にボーナスが入るので実質的に最速攻略に繋がるのだ。今さら羞恥心とかないし、誰かに見られるわけでもあるまい。ただ十歳の子供にこんな格好をさせるもんじゃない気もするが。ちなみにニンジンは普通の装備屋で50ペソカ(=100円くらい)で買える。


「よし、早速一周目だな」


 ダンジョンの入り口は時空の裂け目みたいに真っ黒な空間になっていて、そこに入るとダンジョンに入場できる。俺は何万回も潜ったこの狭間に入り込むとダンジョンに挑み始める。


 まず意識が覚醒しダンジョンの待機部屋内で動けるようになったら、早速通路を左手に沿うように最速で駆け抜ける。そのままダンジョン内に出ると左手に三本の木々が立っているので、そこに向かって全力で走り出す。ここからは少しテクニックが求められるのだが、三本の木々の右側の少し左寄りのところにある小石を斜め47度目掛けて思い切り蹴飛ばす。するとその小石がちょうど一分後に鳥型の魔物ファイアバードにぶつかるので、それまでに右の大岩まで駆け抜けておく。


「よし、ここまでは成功」


 といっても別に慣れたものだ。今さら失敗なんてしない。


 俺は気楽な感じで右の大岩に辿り着くと、それと同時にファイアバードがびっくりして大きな叫び声をあげる。


「キシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 するとその音を聞きつけた巨人ダーマが二分と十二秒後にファイアバードに岩を投げようとこちらまで寄ってくる。それを待つ間、俺は自分のレイピアにエンチャントをかけていく。ちなみにこのエンチャントは初級スキルの【刺突エンチャント】ってやつで、100ペソカで買える最弱スキルのうちの一つだ。しかしこに体重をかけてレイピアで致命を取れればらレベル1でもダーマを一撃で葬ることができるのだ。


 そしてエンチャントをかけ終えると五メートル級の巨人ダーマがやってきて大岩を持ち上げた。その裏に張り付いていた俺は持ち上げられ頭上に来た瞬間、手を離しダーマの頭上に躍り出る。そのまま脳天に二重に刺突エンチャントをかけたレイピアを突き刺して、ダーマを打ち取り攻略は終わる。合計時間は四分と二十三秒。いつもと全く変わらない数字だ。


「ふう……って、ため息をつくほどでもないか」


 俺はダンジョンから強制帰還となり、ダンジョン入り口の前でそう呟いた。もう何万回と繰り返しやってきた動きなので、身体にしっかりと染み付いている。今さら疲れも感じることはない。俺は休む間も無くステータスと唱え目の前に半透明のウィンドウを表示させると獲得経験値を確認した。


【レベル:34 経験値:1200/34000】


 潜る前が32レベで経験値プールが1200だったのを考えると、想定通り65000の経験値を獲得できていた。やっぱりこのダンジョンはめちゃくちゃ美味しいな。しかしあのやり方でないと意味がないが。まず巨人ダーマは皮膚が硬い。その防御力のせいでレベル500程度じゃ一切ダメージを食らわせられない。だからこその二重の刺突エンチャントと刺突特化のレイピアなのだ。それに基本的にファイアバードも攻撃力が高く、空からの攻撃なのでただうざい。しかも時間が経てば経つほど数が増えていくので、倒すのに時間をかけられない。ダーマに攻撃が通らない間にファイアバードが集まってきて、一瞬で焼き殺されるっていう害悪ダンジョンなのだ、普通は、普通はな。


「ともかく今日はずっとこれを繰り返そう。今日中にレベル50くらいまで行きたいから、十回弱潜れば大丈夫かな」


 ちなみに【早熟型】は【大器晩成型】の半分の経験値でレベルが上がる。しかしレベルによるステータス補正値が【大器晩成型】の方が1.5倍もあるので、同じレベルであれば【大器晩成型】の方が圧倒的に上になる。だから今頃我が弟のレベルは50を超えたあたりだろう。うちの両親はおそらく300くらいかな。カンストは9999なのでまだまだ先だが、すぐに到達するだろう。狩場もここだけじゃないし。


 そういうわけで、俺は最速で【巨人ダーマの精神世界】を周回し、ひとまずレベルを50まで上げておくのだった。

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